今話題となっている「文部省の汚職事件」はご存知だろう。佐野太局長が我が子のために東京医科大に便宜を図って、わが子を医学部に合格させた、と報じられている事件だ。


                                 毎日新聞  2018年7月5日
 文部科学省の私立大学支援事業を巡る汚職事件で、受託収賄容疑で逮捕された同省前科学技術・学術政策局長の佐野太容疑者(58)=4日付で大臣官房付=が、贈賄側とされる東京医科大(東京都新宿区)を事業対象に選定するよう省内で後押ししていたとみられることが、捜査関係者への取材で明らかになった。 東京地検特捜部は、当時官房長だった佐野前局長がその地位を利用して同大学への便宜を図った可能性があるとみている模様だ。

 逮捕容疑は、佐野前局長が官房長だった2017年5月、東京医科大の関係者から同省の「私立大学研究ブランディング事業」の対象校に選ばれるよう依頼を受け、その謝礼と知りつつ、今年2月の同大入試を受験した息子の点数を加算させ、合格させてもらったとしている。贈賄側の大学関係者の中には高齢者もおり、特捜部は在宅で捜査を進めている。


 この安倍内閣になり、予算の効率運用として「メリハリ」を効かせるやり方を多用している。「メリハリ」とは聞こえはいいが、早い話が「誰かの裁量による」ところが大きくなる。今回の場合、誰がリークしたかわからぬが、闇から闇に葬られるのが一般である。まさか、佐野太局長がはじめてやってバレタなどとは余程の方で無い限り思わないのだろう。よくやられているので、「自分もやっても問題にはなるまい。』そう思ったのではないか。--甘利大臣のときもそうだが、蔓延していて誰もがやっているので、大臣室で現金を受け取ったとしても、そんな問題になるとは思っていなかったのだろう。--

この事件は2018年の「私立大学研究ブランディング事業」の選定過程で起きたことだが、2017年の選定ではこの難関の「私立大学研究ブランディング事業」になんと「加計学園」から2校も選ばれている。もちろん『安倍っちの汚職は良い汚職』として不問に付されているが、こういう特定のものに裁量で下駄を履かせることが平気で行われていることが佐野太局長に気の緩みをもたらしたのではないか、そう考える人は多い。

                           2017/7/12  しあわせの青い鳥
特色ある研究を行う大学に対して補助金を支給する「私立大学研究ブランディング事業」を文科省が始めたところ、いきなり加計学園系列の2大学が選定されたことが明らかになりました。

まずは129校が申請し、わずか17校が選定されるのみとなったタイプA。加計学園・千葉科学大学の『「フィッシュ・ファクトリー」システムの開発及び「大学発ブランド水産種」の生産』が選定され、5年間の予算が付いています。
   選定されたの40校
続いて69校が申請し、23校が選定されたタイプB。またしても加計学園・岡山理科大学の『恐竜研究の国際的な拠点形成―モンゴル科学アカデミーとの協定に基づくブランディング―』が選定され、5年間の予算が付いています。

ちなみにタイプA・B合わせた申請校は198校で、選定された大学は40校。早慶上智MARCH学習院、関関同立などの上位私大でも必ず選定されるわけでない中、偏差値が付けられないボーダーフリー・定員割れの学部学科を数多く抱える加計学園のみ系列の大学が2校選定される奇跡的な事態となっています。

スポンサーサイト
 下の企画が「大炎上」なのだそうだ。そもそも、この話題を知ったのはKan Kimura 氏のツイートで、言われている視点に「フム、フム」と納得しながら読んでいたのがきっかけだった。

   IWdVL072.jpg
・フィリピンのマニラにあるスラム街に、ごく普通の近畿大学生3人が潜入!『学生がスラム街の子供達に夢を与えたい!』というプロジェクトをドキュメンタリー映像に残し、そのチャレンジを皆さんに共有したい!!!

 ところが「炎上」しているというツイッターを見てみると、何と「相手国への配慮不足」を指摘しているのではなく、「こういう自分の楽しみに他人の金を使うな。自分で働いて勝手に行け」というようなコメントが無数についている。すでにパトロンがつき、10万円集まっているのも気に食わないらしい。Kan Kimura氏のような考えなら、今の日本社会は存在しないわけで、日本社会を余りに善意に考えすぎた。

                                        矢倉喬士
学生がスラム街を視察して夢を与えたいという企画があるようですが、これは「貧困ビジネス」といって貧困や格差問題を解決せず食い物にする手法です。貧しく悲惨な状況であればあるほどこういう奴らがのさばり、貧困は続きます。『シティ・オブ・ゴッド』10年後のドキュメンタリーを見てください。

                                 Kan Kimura (on DL)‏
そもそもボランティアは他人の為にやるものであって、自分の為にやるものじゃない。これは国内でも、海外でも同じ。自己目的化したボランティアはもはやボランティアじゃなくて、趣味や勉強の一種に過ぎない。ボランティアという名の自分の勉強の為に、他人にボランティアを強いてはいけないんだよ。

「昔、日本人のお兄ちゃんが来て、僕たちの貧しい生活を面白おかしそうに見て帰っていったよ」「お兄ちゃんは、俺たちの国は豊かだ。それに比べてお前たちの国は本当に可哀そうだ、と言ってたよ」という経験が、現地の子供たちにどういう記憶として残るかくらいは考えて欲しいなぁ。

自分的には問題はそこではないです。途上国の貧困は見世物じゃない。現地の人も、現地の人と関わりながら仕事をする人も迷惑するから、貧困観光はやめてほしい。


 「自己責任」と「受益者負担」という竹中思想に縛られた意見ばかりが続く。逆に『こんなやり方を考え付いた俺たちスゲェー』とでも言い返されそうだ。誰も、相手国の「貧困」に対して配慮も何もしない。日本は豊かで、アジアは底辺だという考えの誤りを指摘しない。

 昔もきっとそうだったんだろうなぁとおもう。東南アジアに侵攻した日本軍は「土人の言葉は劣っているのだから、日本語を話せ。」と言い、「土人の宗教はばかげているから、神社を建て、国家神道を信じよ。そして、皇居に向かって拝め」と言ったのだろう。こんなことをし続けて、「アジアが感謝している」などと思うほうがどうかしている。--土人という言葉は、結構当時の本に記載されている。--