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『河野談話は 検証しますが、 見直さずに継承します』 という 安倍内閣。  小泉総理肉筆署名の 「慰安婦に送られたお詫び状」の扱いは どうなるのだろう。 

 安倍内閣は 発足以来 「河野談話」の見直しを発言していた。 そして、 それに変わる 「安倍談話」を出したいとまで言ってきた。 「極右勢力」は その発言に力を得て 何と 「慰安婦がいなかったことは、 日本の中ではほとんど決着がついている」などと 平気で言うようになってきている。 ところが、 そういう観点で 世界外交をすると 全く動かないという現実に 突き当たり、 今度は 「河野談話」を 今までの内閣同様、 継承するといい、 さらに踏み込んで 「見直すことは考えていない」と 発言した。

 日本語のわかる人なら、誰しも思うだろう。 『河野談話を検証する』という内閣が、 その見直しはしない、など 矛盾だらけで 信じられるものではない。 「検証結果を 発表してもよい」 ともいうのだが、 その結果 『談話がおかしい』となった場合、 なぜ 見直しもなく 継承するのか 意味がわからない。 また、 「河野談話に間違いがない」場合、 現状のような 日本の右翼リーダーの発言、 右翼新聞の発言を どうするのかも 全くわからない。

                                                         時事通信 3月10日(月)
 菅義偉官房長官は10日午前の記者会見で、従軍慰安婦制度への旧日本軍の関与を認めた河野洋平官房長官談話について「見直すことは考えていない」と明言した。韓国への配慮を示した形だが、政府による見直しを期待する日本維新の会などから反発が出そうだ。
 菅長官は、談話の基となった元慰安婦とされる女性の証言内容をめぐる検証作業に関して「(韓国との)擦り合わせが行われたのではないかとの証言があったので極秘チームで行っていく。国会から要請があれば(結果を)提出する」との考えを重ねて示した。                                               (引用終り)

 右翼の「学者」や「評論家」といわれる人々の 意見しか聞いた事がない若い世代は 『慰安婦問題』= 『韓国問題』のように考えているのだろうが、 それ自体が 全く違っているのだから、 彼らの意見を 何千回聞こうと 今 アメリカやヨーロッパ、 東南アジアからの批判の意味がわからない。

 「河野談話」が出た後、 日本は 『女性のためのアジア平和国民基金』なるものを造り、 当時の小泉純一郎総理の名で 慰安婦各個人に 「お詫びの手紙」を出したのである。 その基金は 国民が善意で寄せた6億円と 同額程度の政府出資金が当てられた。 

         小泉首相(当時)の肉筆の署名が入った元「慰安婦」へのお詫びの手紙
                 小泉首相(当時)の肉筆の署名が入った元「慰安婦」へのお詫びの手紙

 首相の手紙には、慰安婦問題の本質は、「軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」ところにあると認めた。その上で、「私は、日本国の内閣総理大臣として、・・・いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身に癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からのお詫びと反省の気持ちを申し上げます。」また「道義的な責任を痛感しつつ」、 「歴史を直視し、正しくこれを後世に伝える」と 約束している。  今、 右翼政治家や 右翼学者が主張している話では、 これらの手紙の意味は どうなるのだろう。 この時とった 日本の立場をどう説明するのだろう。

 当初 この事業は フィリピン、韓国、台湾で実施することになっていたので、 それらの国地域では 対象者は300人程度だと 漠然と考えられていた。 だから、 6億円集めれば、 実施できるということであった。 結果は募金の総額は 5億6500万円で、 基金事業をうけとったのは フィリピン、韓国、台湾の 285人 (韓国は 7名とされる。) であった。 オランダの79人には 一人200万円の「償い金」は (オランダ側の意向で) 支払われなかった。 しかし、 基金では 慰安婦被害者すべてに、 最後の一人までも 200万円を差し出すというつもりでいた。 当然に 中国、北朝鮮、インドネシア、オランダ、マレーシア といった国々のことが 想定されていた。 だから、 国民からの募金では足らなくなるだろうと考えられた。 足らなくなったら、 政府が責任をもってほしいという三者懇の意見を 橋本首相に話し、橋本首相は 最後は国が責任をとると受け入れた。 橋本首相は、97年にインドネシアのスハルト大統領、オランダのコック首相におなじような謝罪の手紙を送っている。決断後は一貫した態度をとり、日本政府の公式的な立場を確立するのに貢献した。 --注--  オランダでは、医療福祉支援のみが実施されたのだが、オランダの実施団体の強い要求で、被害者は必要とする医療福祉支援についてのアンケートを書けば、プロジェクト・マネーと呼ばれる現金の支給をうけることができたのである。被害者はうけとったものを「補償 compensation」と考えている。

 ここで、 注目したいのが、対象国である。 フィリピン、韓国、台湾、中国、北朝鮮、インドネシア、オランダ、マレーシア。 これらの国が 「慰安婦は存在しなかった」と言ったときに どう反応するのか、 「右翼学者」は 考えて話さないと 若い世代をミスリードすることになる。 韓国は 当時 「日本」であり、 公文書も当然 「日本政府」が 掌握している。 その上、 何度も言うようだが、 日本の官僚は、公文書を破棄することを 「罪」とは 思っていない。 無くて、 当然の国家である。

 (産経新聞によると) 知日派 (靖国参拝は国内問題とまで 日本を擁護する) の重鎮アーミテージ元米国務副長官でさえ 3月4日に、韓国が問題視する従軍慰安婦問題について、人権を重視する 日本には「勝てない論争」 との認識を示した上で、 解決するためには 問題を過度に政治化しないことが重要と 強調、 韓国側にも自制を求めた。と 伝えている。 「金を払っているから 売春婦だ」「当時は 管理売春は 合法であった。」のような、 右翼学者のデタラメでは とても 乗り切れる問題ではない。

 私が この問題の 欧州側の人間だったら、 まず インドネシアについて 徹底的に 日本と論戦を交わすだろうと思う。 オランダが関与した 「白馬事件」で 裁判記録が 豊富に残っている。 それ以外も 裁判があり、 そういう証拠が 得やすい。 なにも (破棄されてしまった) 日本の公文書を頼る必要は無い。 これらの資料のいくつかは 「東京裁判」でも 提示されており、 公文書といえる。

 極右の学者の言うように、 「東京裁判」は アメリカの犯罪をごまかすために行われた 日本としては 認められない裁判だ、などという議論は、 この裁判結果を受け入れることで 独立国に復帰したことを 考えていない 「幼児そのもの」の 議論である。  その東京裁判に出された資料には 次のようなものがある。


(PD5591/EX1794)  インドネシア・モア島  オハラ・セイダイ陸軍中尉の宣誓陳述書   一九四六年一月一三日

 問 貴方の氏名、年齢は?
 答 シメイはオハラ・セイダイ、年齢は二十七才。
 問 貴方の所属部隊は?
 答 タナカ部隊ハヤシ隊
 (略)

 問 一九四四年九月に於けるモア島の指揮官は誰でしたか。
 答 私でありました。
 問 一九四四年九月中にモア島で土民が殺されたことがありますか、又その人数は?
 答 セルマタ島及ロエアン島で約四十名の土民が捕虜となり且殺されました。
 問 何故殺されたのですか。
 答 土民達がセルマタ及ロエアン島の憲兵隊を攻撃したからです。
 問 誰がその殺すことを命令したのですか。
 答 タナカ将軍は土民達を司令部へ送るやう命じました。然し土民達がモアを出発する前に右命令は変更され
    私がモアで彼等を殺し土民の指導者三、四名をタナカ部隊に送るやうにと命ぜられました。
 問 貴方は自分でその土民達を殺しましたか。
 答 いえ、私は唯その殺すのを監督したのです。
 問 誰が貴方の手助をしたのですか。
 答 ウド曹長、トヨシゲ軍曹、マツザキ軍曹及二十一名の他の兵卒達です。


 問 どんな風にして土民達は殺されたのですか。
 答 彼等は三人宛途上縦隊を作って整列させられました。それから前に述べた二十一人の兵達は銃剣で彼等を突刺し
    一度に三人を殺しました。
 問 或る証人は貴方が婦女達を強姦しその婦人達は兵営へ連れて行かれ日本人達の用に供せられたと言ひましたが
    それは本当ですか。
 答 私は兵隊達の為に娼家(brothel)を一軒設け私自身も之を利用しました。
 問 婦女達はその娼家に行くことを 快諾しましたか。
 答 或者は快諾し 或る者は快諾しませんでした。
 問 幾人女がそこに居りましたか。
 答 六人です。
 問 その女達の中 幾人が娼家に入る様に強ひられましたか。
 答 五人です。
 問 どうして それ等の婦女達は 娼家に入る様 強ひられたのですか。
 答 彼等は 憲兵隊を攻撃した者の 娘達 でありました。
 問 では その婦女達は 父親達のした事の罰として 娼家に入る様 強ひられたのですね。
 答 左様です。
 問 如何程の期間その女達は娼家に入れられていましたか。
 答 八ヶ月間です。
 問 何人位この娼家を利用しましたか。
 答 二十五人です。                                                  (引用終り)

 渡部昇一なる 『右翼学者』が 朝から テレビで適当な事を言っているが、 彼らを世界が「相手」にしていないので、 言いたい放題だが -- マスコミも知識がないので --、 彼の論文の中に こんな一説がある。 なお、 一部の引用は 「恣意的になりやすい」ので、 前文をリンクしておくので、 参照されたい。 前文リンク → 渡部昇一の考える、いわゆる慰安婦問題について

 日本は、当時は管理売春の制度がありましたから、その制度を利用して戦地においての営業を認めたわけです。ただ戦地においての営業で兵隊が性病になっては困るので、国内で衛生担当者が「駆梅」で行うのと同様に、戦地においては軍が衛生管理をしました。

 また、売春宿で兵隊が寝る時には裸で寝ますから、その時にゲリラなどに攻められないように守る必要がありました。そういう意味では軍が管理したケースもありましたが、それは治安維持行為の一つです。営業はしていません。

日本には、江戸時代以来 吉原のような 公娼制度が存在していたが、 明治5年に、 世界の目を気にする明治政府は 太政官布告第295号の芸娼妓解放令により 公娼制度を廃止しようと試みた。 しかし、 実効性に乏しかったこともあり、 1900年(明治33年)に至り 公娼制度を認める前提で 一定の規制を行っていた(娼妓取締規則)。 1908年(明治41年)には 非公認の売淫を取り締まることにした。

 この公娼制度の 主な点は、 「本人の意思で 公娼となること。」 「やめようと思えば、 いつでもやめられること。」 それと 「21歳以上という 年齢制限」、 これらを監督する 警察署に届け出るというもので、 後に 問題となっている 戦争末期の 「慰安婦制度」とは 随分異なったものである。 が、 それは おくびにも出さずに こう続ける。

 戦前、日本でも韓国でも、世界の国々でも、売春は公娼制度といって合法でした。今でも、ドイツやオランダには公娼制度があるようです。つまり、公娼制度は日本だけにあったものではなかった。

 また、 戦場に集まった 「売春婦」だと 言う人々も居る。 たしかに、 それを 職業としていた 「女性」が 応募してきたこともあるようだ。 こんな話が 記録されている。

<シンガポールでの体験> 一九四二年、軍司令部の後方係りが、早速住民の間に慰安婦を募集した。すると、今まで英軍を相手にしていた女性が次々と 応募し、あっという間に予定数を越えて係員を驚かせた・・・・・・トラックで慰安所へ輸送される時にも、行き交う日本兵に車上から華やかに手を振って愛嬌 を振りまいていた。

「しかし、この女性たちは、一日に一人ぐらい相手をすればよい と思っていた のに、兵隊が列をつくって押し寄せたのに悲鳴をあげた。そこで、四、五人 を相手にしたところで、担当の兵士が打ち切ろうとしたところ、騒然となったので、やむをえず『女性の手足を寝台にしばりつけ』てつづけさせた という ことを兵士から聞いている。このような強制もあったのである。」( 『従軍慰安婦』 吉見義明 P.121~122)

 最も 渡部昇一氏は 「もっと悪質なのは、吉見義明中央大学教授です。」と 名指しで非難するくらいだから、 彼の著書など 参考にしないだろうが、 これは 公正な第三国の学者にでも 検証してもらうしかない。 もし、 「事実」だと認定されれば、 「売春婦」と 「日本の慰安婦」は 根本的なところで違っている、 と世界に向かって証明することになる。

 また、 渡部氏は 次のようにも言っている。 諸外国の政治家は、嘘を言ってでも自国の名誉を守ろうとします。しかし、日本の政治家たちは、嘘をついても日本に恥をかかせようとする。実に驚くべき現象です。

 「ニクソンのウォーターゲイト事件」、「クリントンの研修生との出来事」「ぶれアーイギリス首相の イラク戦争会戦根拠の 判断ミス」… いずれも、 「その国にとって名誉な事」ではないが、 真実を明らかにし、 国民に知らせた。 諸外国の政治家が 自国の名誉のためには 嘘をつく、 それは、 外国の政治家に対して 失礼であろう。

 ただ、 渡部氏個人として、 「日本の名誉」のためなら、 嘘をついてもよいと思っていることは 確かだろう。 もっと踏み込んで、 「嘘をつくべきだ」とすら 思っているようである。 渡部氏にしても、 櫻井女史にしても、 公明で 優秀な方である。 我々が知っているようなことを 知らぬはずが無いし、 研究されていないはずも無い。 これは、 渡部氏の影響を受けた 「右翼系のブログ」も 同様であるようだ。 日本の名誉にならないことには、 全く そ知らぬ顔で議論を進めることが多い。


 日清戦争以来、 10年おきに戦争を繰り返していた 「大日本帝国時代」と 戦後 普通の「日本」となり、70年 一度も戦争に参加せずに 「平和」を 守り抜き、 世界第2位の経済にまで発展させた 「普通の日本」の どちらを自慢できるだろうか。 私は、 「戦後の日本」を 自慢しながら、 若い世代に伝えていくことこそが 重要だ、と思っている。

 確かに 韓国との関係は 相当複雑に絡んでいて 今後も 余り明るい見通しはないかもしれない。 それは、 「朝鮮半島が 日本の植民地」であったこと、 地理的に近いので、 日本の政治家の動きが すぐに伝わってしまうなどの 諸条件があることも 一因である。 先に例に出した 「小泉総理の お詫びの手紙」のときも 官房長官談話が 出るや否や、 自民党の政治家が 「反対の議員連盟」を作った。 これなどが、 すぐに伝わるので 「表面では謝罪したように見せて、 内心は違う」というような 情報が 韓国内を駆け巡ってしまう。 私ですら、 これでは 政府のすることが 何の意味も無くなる、 と心配して見ていたほどだ。 今になると、 『何度謝っても、 謝罪と金をたかる 』 と言ってる人々が、 そういう機運を 作り出したにすぎない。

 江川 紹子氏の ブログに こんな記事がある。                 全文リンク → 江川 紹子 | ジャーナリスト

 基金に関わった人たちの回想録を読むと、被害女性たちにとって、総理直筆の署名がなされた手紙の意味が大きかったことが分かる。その文面を知って多くが涙を流し、号泣する人も少なくなかったという。ある人は「総理大臣が、日本が悪かったと詫びてくれた。これで身の証になる。先祖のお墓に入れる」と安堵し、 「日本は私たちを見捨てなかった」と喜んだ人もいた。                     (引用終り)

 慰安婦問題は その範囲の広さや、 時、場所など 様々な要因で 百種百様である。 少ない紙面や、時間で 1つの結論を出すことはできない。 日を改めて 書こうと思うが、 今、日本の一部の 学者などによって主張されていることは、 余りに一部の例 (日本に有利な) だけを集めたもので、 世界からの批判に耐えられるようなものでないことだけは 知っておいたほうがよいだろう。

-- お詫び --  時間に追われてアップしたもので、 変換ミスが多くて申し訳ございませんでした。--
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COMMENT - 1

korean  2014, 03. 13 [Thu] 23:48

すばらしい文をありがとうございます。

日本人にも誇り高き人がいらっしゃる。真に誇り高き人が。

あなたの様な人が居るお陰で今の戦後の日本は成長出来たのだろう。

運も実力の内。今の日本人はどんどん運を落として居る。

結果、又白人にやられるのではないか?心配だ。

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