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「ありがとう、大好きだよ」と伝えて 津波に消えた母を思う 19歳の「追悼の言葉」    政府は 全力で 復興に当たることこそが 国民の願いだろうに …  東日本大震災追悼式  -- 朝日新聞 より --

  多くの国民の記憶から薄れていく 「東北大震災」、 福島の事故ですら もう国民の話題からは ほとんど消え去ってしまった。 そんな中、『兵頭に訊こう 』 に こんな記事の紹介があった。 母を助けられなかった思いで、 自分だけ生きた自責の念、 若い方なので 4年という時間で 自分の心を整理し、 発言できたのであろうが、 多くの それも年老いた方などでは 心のうちを言葉にすることすらできないまま、 この日を迎えたのではないだろうか。 

                                              2015年3月14日 『兵頭に訊こう 』 引用 
 『朝日新聞デジタル』(2015年3月11日)に「「大好きだよ」瓦礫に母残し4年 19歳が誓った言葉」という記事が載っていた。 東日本大震災追悼式で、宮城県の遺族を代表して、菅原彩加(さやか)(19)が述べた「生きていくことが家族への恩返し」である。読んでみよう。
                                                 2015年3月11日  朝日新聞デジタル

          「ありがとう、大好きだよ」

 私は東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市大川地区で生まれ育ちました。 小さな集落でしたが、朝学校へ行く際すれ違う人皆が「彩加ちゃん! 元気にいってらっしゃい」と声をかけてくれるような、温かい大川がとても大好きでした。

 あの日、中学の卒業式が終わり家に帰ると大きな地震が起き、地鳴りのような音と共に 津波が一瞬にして私たち家族5人をのみ込みました。

 しばらく流された後、私は運良く瓦礫(がれき)の山の上に流れ着きました。 その時、足下から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、 かき分けて見てみると 釘や木が刺さり足は折れ変わり果てた母の姿がありました。 右足が挟まって抜けず、瓦礫をよけようと頑張りましたが 私一人にはどうにもならないほどの重さ、大きさでした。

 母のことを助けたいけれど、 ここに居たら私も流されて死んでしまう。 「行かないで」という母に私は 「ありがとう、大好きだよ」と伝え、 近くにあった小学校へと泳いで渡り、一夜を明かしました。 ……  そんな体験から今日で4年。

 あっという間で、そしてとても長い4年間でした。 家族を思って泣いた日は数えきれないほどあったし、15歳だった私には受け入れられないような悲しみがたくさんありました。 全てが、今もまだ夢の様です。

 しかし私は震災後、たくさんの「諦めない、人々の姿」を見てきました。 震災で甚大な被害を受けたのにもかかわらず、東北にはたくさんの人々の笑顔があります。 「皆でがんばっぺな」と声を掛け合い 復興へ向かって頑張る人たちがいます。 日本中、世界中から 東北復興のために助けの手を差し伸べてくださる人たちがいます。 そんなふるさと東北の人々の姿を見ていると 「私も震災に負けてないで頑張らなきゃ」 という気持ちに いつもなることが出来ます。

 震災で失った物はもう戻ってくることはありません。 被災した方々の心から震災の悲しみが消えることも無いと思います。 しかしながら これから得ていく物は 自分の行動や気持ち次第でいくらにでも増やしていける物だと 私は思います。 前向きに頑張って生きていくことこそが、亡くなった家族への恩返しだと思い、震災で失った物と同じくらいの物を 私の人生を通して得ていけるように、しっかり前を向いて生きていきたいと思います。

 最後に、東日本大震災に伴い被災地にたくさんの支援をしてくださった皆様、本当にどうもありがとうございました。また、お亡くなりになったたくさんの方々に ご冥福をお祈りし追悼の言葉とさせていただきます。    (記事 引用終り)

 青春はすべてを語る、と思ったら、大間違いだ。青春の傷は深く、大きく、すべては語らない。 語れない。
 「家族を思って泣いた日」「亡くなった家族」とぶっきらぼうに語るだけだ。 しかし、忘れない。 長じて、いや人生の晩年に、或る言葉に、意味に、辿り着くのだ。

 こういう事例は、阪神・淡路大震災でも多く見てきた。衝撃があまりに強すぎて、深すぎて、言葉が、気持ちに追いつけない、うまく言葉で表せない。 救いは、苦しみを撥ね付ける青春の生命力の強さである。

 その点、ほんとうに可哀想なのは、人生の晩年に震災に遭った人たちである。 撥ね付けるだけの生命力が、 そして時間が、もうないのだ。 高齢者にアルコール依存症や孤独死が続出するのも、そのためである。    (引用終り)

 我々 体験していない者が わかったようにいう事はたやすい。 「心に寄り添って」などという 総理の言葉も何度も聴いたが、 「寄り添っていないこと」は みな充分承知している。 優先順位が間違っている、 国民の多くがそう思っている。 今は 何をさて置いても 「東北の復興」と 「福島の正常化」に 国は全力をささげるべきだ、 と 声無き民は 思っている。

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