スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

余りに多くのことが 何の抵抗も無く 次々と進む。 「いや、待てよ」と 別の視点から考える姿勢がほとんどない国民性との 指摘も …

 晴天トラ日和さんが こんな風に書いている。 正にそのとおりであるのだが、これほど「反対」の声も無く決まっていくことに 不気味さを思える。 日本国民というのは 「こういう物なのだナァー」と しみじみ思う。

 今、気になることが一杯一杯あって、 ナニをエントリーしたらいいのか散々迷っちゃって半日暮れるw  全然喜ばしいことではないのですが、ははは)))

1・辺野古移設 翁長沖縄県知事の件。
2・安全保障関連法案(安保法制)が今国会で成立か。
3・「中国投資銀」ぞくぞくと参加へ。  日本、アメリカ両国は孤立しないか?次の一手があるのか?
4・戦後70年首相談話懇談会(21世紀構想懇談会)の進捗状況
5・政治資金問題=下村博文文科相、違法献金疑惑で刑事告発される
6・ニュース9の大越キャスターも官邸の意向で更迭か。  などなど、。。。                 (引用終り)

 これに 慰安婦問題などを入れると 今までに 2つくらいしか 取り上げていない。 安全保障関連法案でさえ 先の戦争を 自衛戦争という認識を持つ人々は 「日本の自衛のためには、 ロシアのバイカル湖まで領土が無ければ自衛できない。」というような 東大七博士の建白書が 堂々と世に発表され、 教授を辞めて 国会議員に立候補すれば 「圧勝」して 議員になっていった当時の状況を考えると 今の世の中に重なってしまうような気がする。

 世の中が 一方向に流れていくとき、 「待てよ!」という考えを持つ人の割合は 日本人が 最も少ないという記事を読んだことがある。 先の韓国での哨戒艇撃沈事件で 「北朝鮮の犯行」だとされたとき、 韓国の報復攻撃 (戦争) が心配されたが、 その際に 日本では「報復すべきだ」という論調だけになったのだそうだ。 韓国内ですら 「待てよ!」という考えを持つ人々が 出てきて 少なくとも 「北朝鮮の犯行説」一色にはならなかったのだが …

 北朝鮮が 「人工衛星打ち上げ」として 他国の報道機関を招いての ロケット打ち上げについても 一社として 「衛星ロケット打ち上げ」とせず、 すべてのマスコミが 「弾道ミサイルの発射」としていたのは ご存知だろう。 一機目は打ち上げに失敗したが その後すぐに二号機を打ち上げ 確かに 衛星を軌道に投入したのだから 「衛星打ち上げ」が 正しい報道だろう。 その技術が 軍事転用される恐れはある、という解説はあってもよいとしても …  当然のことながら、 日本の衛星打ち上げでも この技術は 「その気になれば」 弾道ミサイルに使うことができる、と一言欲しい …

             フランス「ル・モンド」
                Au Japon, le combat solitaire d’Okinawa(日本、沖縄の孤独な戦い)
                辺野古についてのフランス「ル・モンド」紙の記事。
 引用元 國分功一郎 @lethal_notion

 辺野古について フランスのル・モンドですら、 日本国内の状況を詳しく伝えている。 一方の日本では、 マンガの「嫌韓本」よろしく、 差別主義をもろに表している。 辺野古への対応をはっきり批判的している 「東京マスコミ」は ない。 外国から見れば、 「沖縄の孤独な戦い」と映るのが当然だろう。

                                                              ネネ @nene55nb
今朝テレビで勝谷誠彦が辺野古での抗議活動をしてる人たちについて「ただの商売左翼、沖縄の人たちが迷惑してる」って言ったんやけど、その言葉をそのまま引き継ぐ形で司会のハイヒールリンゴさんが「じゃあ辺野古に関しては日本VS左翼なんですか??」とか乗っかってた。リンゴ姉さん、やめてや。


 テレビで 「我が物顔」にコメントする連中の多くが、 右よりの人たちである。 とても、 中立的な報道とは思えない番組の何と多いことか … もう 沖縄の声を マスコミで伝えることには 限界がある。 そう考える人々も出てきた …

                                                           ex-SASPL @S4SPL 
『標的の村』の監督 三上智恵さんです。
三上さん「基地問題のニュースが企画にも登らない、放送することが出来ない、だから映画という手法を選びました。大浦湾を埋めたくない、それを伝えるために映画を作ってDVDを手で配って行くしかないかもしれないという覚悟でした」


                                                2015年3月28日  中日新聞 『社説』
 沖縄の反基地闘争が知事を先頭に空前の高まりを見せている。 本土の捨て石になった沖縄戦から七十年。再び犠牲を強いてはならない。

 名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前。新基地の建設に反対して座り込む人々の中に八十五歳の島袋文子さんがいる。  地元の集落に一人で暮らす島袋さんは昨年夏から、雨の日も風の日も休まずに朝から座り込みに加わる。 島袋さんにとって辺野古は、日本を再び「戦争のできる国」にしない闘いの最前線という。

 ジュゴンが生息するサンゴ礁の大浦湾に沖縄防衛局の船が物々しく停泊する。その光景は、島袋さんに沖縄戦を思い起こさせる。

 先の大戦で沖縄は米国との本土決戦を遅らせる“捨て石”だった。  一九四五年三月二十六日、米軍艦隊は沖縄本島西の慶良間諸島に上陸。猛攻撃によって、日本軍が組織的戦闘を終える六月二十三日までに全土を壊滅状態にした。

 日本軍は住民に軍と一体となった戦いを強いながら、スパイ行為を疑って方言を禁じた。手りゅう弾を配り、捕虜になるよりも「自決」を促した。 肉親同士が手をかけての集団自決は沖縄戦の壮絶さを象徴する。 餓死、病死者を含め、県民の四人に一人、約十五万人が犠牲になった。

 十五歳だった島袋さんの古里、糸満市も激戦地となった。累々と死体が横たわる戦場を目の不自由な母の手を引き、十歳の弟を連れて逃げた。昼は木陰に隠れ、夜に移動した。のどが渇き夢中で水たまりの泥水をすすった。  翌朝、その水たまりには血だらけの死体が横たわっていた。

 親子で身を潜めていた壕(ごう)を米軍に火炎放射で焼かれ、全身に大やけどを負った。捕虜となって命を取り留めたが、生涯足を引きずる傷が残った。

 沖縄の戦後はこの悲惨な体験に報いるものではなかった。 本土と異なる戦争が継続する島だった。  一九七二年の施政権返還まで戦後二十七年間、米軍施政権下に置かれた。 基地周辺ではレイプなど米軍犯罪が頻発。 本土復帰後も治外法権は変わらず、平和や人権の憲法よりも日米安保条約や日米地位協定が優先された。 ベトナム戦争ではB52爆撃機の出撃基地になり、湾岸、イラク戦争では海兵隊が沖縄から出撃していった。

 狭い県土に広大な基地がある。フェンスの向こうには迷彩服で銃を構える兵士の姿がある。 沖縄には常に戦争が隣り合わせていた。  宜野湾市の米海兵隊普天間飛行場の移設先として、辺野古に造られようとしているのは、二百年は使える最新鋭の基地だ。 オスプレイを搭載する強襲揚陸艦が接岸できる軍港機能も備え、沖縄の軍事基地化はより強固になるだろう。

 沖縄に新たな基地負担を強いる計画に県民の怒りは頂点にある。 仲井真弘多前知事を公約を翻して建設を認めたのは無効だと、昨秋の県知事選で落選させた。 衆院選では全選挙区で反基地派を当選させた。翁長雄志新知事は作業停止を指示した。

 安倍晋三首相や官房長官は新知事に一度も会わず、掘削調査を強行する。沖縄の怒りに鈍感すぎないか。 かつて自民党の幹部には沖縄への罪責感から思いを寄せる人が少なくなかった。 野中広務元官房長官はたびたび沖縄を訪れ「沖縄を忘れることは、第二次大戦を忘れること。戦争の恐ろしさを忘れないためにも沖縄を絶対に忘れてはいけない」と語り、遺骨の一部を慰霊塔に納めてほしいと望んだ。そんな自民の心はどこにいったか。

 集団的自衛権の閣議決定と安保法制の整備によって、安倍政権は戦争のできる国に進んでいるようにみえる。 辺野古に何がなんでも新基地を造る姿勢だ。

 那覇市在住の作家大城立裕さんは語る。「日本政府は沖縄の歴史に対する反省もなく、沖縄を軍事植民地のように扱い続ける。 社会的差別は薄らいでも、政治に差別が残っている。 辺野古の新基地は、明治以来の琉球処分の総仕上げだ」。 百五十年続く差別と犠牲の歴史。基地の県外、国外移転が真剣に考えられてもいいのではないか。

 沖縄戦で無念に死んでいった人や子孫の未来を思いながら、島袋さんは今日も座り込みに連なる。「国を守るだなんて言う人は、血の泥水をすすってから言ってごらん。自衛隊を戦場に行かせて、格好いいのか、面白いのか。その目で見てから辺野古に基地を造ると言ってごらん」  沖縄戦で島袋さんは、大やけどを負った両手を上げて壕から投降した。今、その両手を上げ、基地建設のトラックの前に立ちはだかる。

 それは七十年前、十五歳の少女にかなわなかった抵抗の姿だ。
スポンサーサイト

COMMENT - 1

通りすがりのリカオン  2015, 04. 01 [Wed] 05:32

国防上米軍基地が必要というのは解らなくもない、せめて沖縄には置かないという配慮は必要だろう
かつて多くの沖縄県民を殺され(日本軍にも殺されたが)捨て石にされ占領された沖縄に負担をかけないようにするのが日本としてのせめてもの償いになるのではないか
まあ基地が無くなると経済的に困るというのもあるだろうが、それは国の力で解決するべきだろう

Edit | Reply | 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。