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「日本は 終了しました」が 現実にならないためには、どうしたらよいか。  またまた「産経」が煽る 「国家国旗法」の 身勝手な解釈

 なかなか 皆さん 面白い画像を探してくるものだ。 「日本終了」なんて 本当にあるんだ、と感心する。

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                                                    2015年4月2日  朝日新聞
 安倍晋三首相が出す戦後70年の「安倍談話」について、首相に近い萩生田光一・自民党総裁特別補佐は1日、村山談話や小泉談話にある「植民地支配と侵略」や「痛切な反省」、「心からのお詫(わ)び」などの言葉が引き継がれる可能性を示唆した。 同日のフジテレビのインターネット番組で「その言葉を使わなければ国際社会が納得しないのであれば、コピーしながら談話を出すことも可能性としてはある」と述べた。一方、「私はこだわる必要はないと思っている」とも述べた。                                                        (引用終り)

 こだわらないで 思うように出してみるほうがいいでしょう。 反応がどう出るか、 この内閣の周りに居る学者連中では わからないでしょう。 中国中心の開発銀行への対応も まず読めなかった … 「中国になんか 着いて行く国はない、 中国中心なら 透明性が確保できない …」などと ご教授くださったでしょうから …

 沖縄県知事とも 突然会うというし … かと思えば今さら、 「北朝鮮が (家宅捜査の件で) 突然ごねて、 拉致問題が 手詰まりになっている。」などと ニュースを流しているが、 もっと以前から (国連で動議を出したときから) 全く手詰まりだったはずだし -- それでなくとも利権化してしまっていて、 解決意欲が乏しい --  … ロシアとも 全く手詰まりだし(プーチン来日のはずが)、 「中国、韓国」とは 政治的には 国交断絶状態だし、 ヨーロッパ諸国は 「李下に冠を正さず」ではないが、 危険視されて まともに相手にされないでいるし …  国内の報道統制をしているところだけが 何とか回っているという感じはするが …

 「70年談話」にしても、 思ってもいないことを出しても 一応 建前上は 付き合いをするようになっても、 国内を見ると とてもそんなことを本気で考えているとは思えない状態が続くのであれば、 誰も 心底 信ずる気にはなれまい。
 「国旗、国家法」の制定においても、 総理が 「強制はしません」と 発言していたが、 「右翼紙」が煽ることで 多分 学校には 授業もできないほどの 抗議が殺到しているはずで、 結果として 右翼の言うとおりにやらざるを得なくなるのでは、と心配である。 しかし、今の世の中 「君が代」「日の丸」「旭日旗」は 右翼の三種の神器(さんしゅのじんぎ)見たいなもので 右翼でない人々にとっては 逆に恥ずかしい存在になってしまっている。

日の丸 君が代-2-

                                                         2015.4.2  産経新聞
 国立大学法人・奈良教育大付属中学校(奈良市)の入学・卒業式で、国歌斉唱が行われていないことが1日、学校などへの取材で分かった。式典では生徒らを着席させた上で「君が代」の曲のみを流していた。国は平成11年に国旗国歌法を制定し、学習指導要領でも国旗掲揚と国歌斉唱の指導を明記しているが、同校は過去十数年間にわたり、入学・卒業式での国歌斉唱を実施していない。教員養成機関でもある教育大のあり方として議論を呼びそうだ。

 学校側は産経新聞の取材に「式は生徒が企画、準備するものとして定着しており、開式後に座って(国歌を)聴く形で続いてきた」と説明。「今後はきちんとした形に改めたい」とし、8日の入学式では国歌斉唱を行う考えを示している。

 関係者によると、今年3月11日に行われた卒業式には約700人が出席。開式後に全員で起立、礼をして「着席」の号令で全員が席に座り、スピーカーを通じて君が代の曲が流された。その間、学校側は校長と副校長、教育大の学長と副学長のみが起立。生徒2人と保護者2人も、自主的に起立したという。

 同校によると、国旗国歌法の制定前は、式典で国歌を流すことさえなかった。国旗掲揚と国歌斉唱の適切な実施を求める文部科学省の通知などを受けて検討した結果、着席しながら曲を聴く形になったという。        (引用終り)

 この法案が成立した当時、賛成一色であったわけではなかった。 思想信条の自由と強制性の問題、学校教育現場と行政の関係、戦争の歴史とアジアの反応。 いろんな問題がテーマになり、国会の内外、あちこちで種々の議論が起きていた。 奈良教育大付属の この卒業式は 当時の政府答弁を知っているものなら なんら問題のない対応である。 当時、小渕総理が国会で言明した有名な答弁がある。         -- 以下 BLOGOS 引用 --

 <政府の見解は、 政府としては、 今回の法制化に当たり、 国旗の掲揚等に関し義務づけを行うことは考えておらず、 したがって、 国民の生活に何らの影響や変化が生ずることとはならないと考えている旨を明らかにしたものであります。 なお、 学校における国旗と国歌の指導は、 児童生徒が国旗と国歌の意義を理解し、 それを尊重する態度を育てるとともに、 すべての国の国旗と国歌に対して、 ひとしく敬意を表する態度を育てるために行っているものであり、 今回の法制化に伴い、 その方針に変更が生ずるものではないと考えております。>

< 法制化に伴う義務づけや 国民生活等における変化に関するお尋ねでありましたが、 既に御答弁申し上げましたとおり、 政府といたしましては、 法制化に当たり、 国旗の掲揚等に関し義務づけを行うことは考えておらず、 したがって、 現行の運用に変更が生ずることにはならないと考えております。>

衆院文教委員会で答弁した政府委員は  「(掲揚や斉唱の指導に)単に従わなかった、あるいは単に起立しなかった、あるいは歌わなかったといったようなことのみをもって、何らかの不利益をこうむるようなことが学校内で行われたり、あるいは児童生徒に心理的な強制力が働くような方法でその後の指導等が行われるというようなことはあってはならない」 と答えている。 教員らが「内心の自由」の下で、本当に嫌だったら強制はしない、という内容だ。その上で、「嫌を他人に押し付けたらいけませんよ」とも言っている。至極、まっとうな答弁に思える。

あれから15年近くがすぎ、 日の丸や君が代を巡る風景、議論の内容や位置づけは大きく変わったと思う。 法律制定時のこの国の最高権力者が 「強制はしない」 と言ったことが、 その後はすっかりないがしろになり、 教育現場では、 式典等で君が代が歌われる際、 教員の「口パク」を監視したり、 告発したりする仕組みまで出来上がった。
                                                                 (引用終り)

 力任せに 「時の流れ」を変えようとする その勢力の勢いに疑問を投げかけられたとき、 その反動も 今までに無かったようなものになるだろうと思う。

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