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ドイツ ( フランクフルター・アルゲマイネ ) 紙東京特派員の離日メッセージ が 語る 安倍政権の『異常さ』

                                                         だび @dabi333  引用
       【五年間東京特派員だったドイツ記者の告白】
                      ( Frankfurter Allgemeine Zeitung紙の東京特派員 )  Carsten Germis
 僕が今立ち去ろうとしている国、日本は2010年1月に僕が着任したときとは違う国になってしまった。 その事実は 最後の12か月の僕の仕事にゆっくりとだが確実に影響を及ぼした。

 日本の上層部の人たちの認識と 海外のメディアで報道される内容のギャップは どんどん広がってきており、 このことが 日本で活動するジャーナリスト達の仕事に支障をきたすのではないかと 懸念している。 もちろん日本は民主主義の国であり、報道の自由や日本語の不自由な特派員にすら様々な情報へのアクセスは認められている。

 しかし 安倍首相主導の右派による歴史歪曲への明白な方向転換により ギャップは確実に広がっているのだ。 彼ら日本のエリート達は反対意見や批判に耳を傾けることが不得手だが、今後も海外メディアからの批判的論調は継続することが予想されこの(上層部が批判を受け入れられない)事が問題になってくる可能性があると憂慮する。

 2月にメルケル首相が来日した時のことを日経のベルリン特派員が先日このように報道した; ”メルケル首相は日本に対する友情を示すよりも批判の方に熱心だった。 日本の識者と独の原発撤廃方針について語り、朝日新聞社を訪れた際や安倍首相との会談の際には戦中の歴史に言及した。 民主党の岡田克也代表とも会談した。 彼女が友情を示したのはドイツ企業の経営する工場でアシモと握手した時だけだ。” 

 これは少々言い過ぎに思えるが、その前提を受け入れるとしてそもそも ”友情” とは何を指すのだろうか? 友情は同意することでしか成り立たないものなのだろうか? 友人が 自らに害を及ぼすような方向に向かっているときに 自分の信ずることを口にするのは真の友情ではないのだろうか? メルケル首相の訪日は確実に単なる批判ではなく もっと複雑なものであった。

 ここで僕の立場をはっきりさせておこう。 5年経った今も日本に対する愛情や好意はなくなっていない。 むしろ滞在中に出会った素晴らしい人たちのお蔭で もっと日本が大好きになったくらいだ。 日本人の友人やドイツの日本人読者の皆さんも特に震災の記事などから 僕の日本への愛情が文章から感じられると言ってくれている。

 しかし残念なことに東京の外務省官僚たちは彼ら(友人や独読者)とは違う認識のようで 一部の日本メディアもそれに同意しているらしい。 彼ら(官僚や一部日本メディア)にとっては 僕は大半の他の独人記者同様、 批判しかしない単なる日本叩き野郎に過ぎないらしい 日経のベルリン特派員が書いたところによると 日独両国の”親密さに欠ける”関係は 僕らのせいだということになるようだ。

 フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング社は政治的には保守、経済的には革新または市場志向だ。 一方、安倍首相らの歴史修正主義を報道することは 常に非常に重要であるとの主張もまた正しい。 ドイツ では 自民党が侵略戦争の責任を否定するなどということは 信じがたい事だと考えられている。

 もしもドイツにおける日本への好感度に陰りが生じているとすれば、 それは報道のせいではなくドイツの歴史修正主義に対する嫌悪感が原因である。 僕の日本特派員任期の初期は、今とは全く違う状況だった。 当時は民主党政権で、鳩山・菅・野田の三首相ともに 外国人記者に政策を説明しようと努力していたし、政治家達が 「この国をもっと良くするためには一層の努力が必要だ」 といった発言も頻繁に耳にした。

 例えば当時の岡田克也副総理に度々招かれ意見交換をした。 官邸では 毎週会見が開かれ、政府役人たちは皆程度の差はあれど 率直に時事問題について語った。 我々報道陣も委縮することなく 政府の政策について批判したが、政府は理解を得られるよう一層努力を続けた。

 しかし2012年の選挙後にすぐ事態は後退した。 いかに首相がフェイスブックのような新しい情報伝達手段を採用していようとも、 現政権には情報公開を大切にしようとする姿勢は全く見られなかった。 麻生財務大臣は 決して外国人記者と話をせず、 日本の抱える巨額の負債に関する質問にも答えようとしなかった。

 実際問題 外国人特派員が官僚たちから見解を聞きたい問題のリストは膨大なものになる ; エネルギー政策、アベノミクスのリスク、憲法改定、若年層への機会均等、過疎地の人口問題 …。 しかし官僚たちの外国人記者に話をしようとする意欲は ほぼ0であったと言ってよい。 

 同時に安倍首相がいうところの ”強く・新しい国” を批判するものは 「反日」と呼ばれるようになった。 5年前には全く考えられなかったことだが、 今や直接的なものから ドイツの編集部員に向けられた間接的なものまで含め、外務省から様々な攻撃が向けられるようになったのだ。 

 私の書いた安倍内閣の歴史修正主義に関する記事が報道された後、 本紙の外交問題編集長のもとを フランクフルトの日本総領事が訪れて ”東京”からの抗議の意を伝えた。 「そんなものは中国の反日の為のプロパガンダに過ぎない。」と言うのだ。 -- 事態はさらに悪くなる。 -- 

 90分間の冷え切った面談後半に 本紙編集長が 領事に記事が誤りであることを示す事実の提示を求めたのだが、 それは全くの無駄骨だった。 領事は 「お金が絡んでいるのではと疑わざるを得ない」 と 私・編集者・本新聞社を侮辱した。 私の書いた記事のフォルダーを取り出して ”ビザ取得のために 中国のプロパガンダを書かざるを得ないであろう状況” に 同情の意を示しさえしたのだ

 僕が? 中国に金で雇われたスパイ? 中国に行ったこともなければビザの申請すらしたことがないのに? もしこれが現政権が新しい日本を理解してもらうための方策だというのならば、 まあ道は険しいと言わざるを得ないだろう。 もちろん 親中派がどうのこうのなどという非難が編集長に通じる訳はなく、 僕は 記事を書き続けられるようサポートを得た。

 何か変わったとしたら 僕の記事への編集の切れ味がより一層鋭くなった位かな。 このような高圧的な姿勢はここ数年どんどん酷くなっている。 まだ民主党政権だった2012年に、 僕は韓国へ取材に行き元慰安婦の方のインタビューをしたり、 竹島に訪れたりした。 もちろんそれは韓国のPRではあったけれど国際紛争の中心となっている事柄に生で触れるまたとない機会だったそれを受けて(日本の)外務大臣に食事をしながらの会談に招かれ、竹島が日本の領土であることを示す数十ページにも及ぶ資料を手渡された。

ところが2013年に安倍内閣が政権をとると僕の3人の元慰安婦の方のインタビュー記事が掲載された後でまたお呼びがかかった。ここでも昼食をしながらのお話でまたしても僕の竹島に関する首相のお考えを理解する手助けとなるよう資料を頂いた。

ところが2014年になると様子が変わってくる。 今や外務省は堂々と批判記事を攻撃し始めたようだ。 首相の国粋主義的姿勢が中国との貿易に及ぼす影響について記事を書いた直後に呼び出しを受けた。 僕は 彼らに公的な統計を引用したに過ぎないと説明したのだが、 それに対する彼らの反論は「数値に間違いがある」というものだった。

 領事と本誌編集長との壮大な会談の2週間前、 僕はまたも外務省役人と昼食を共にした。 今回は”歴史歪曲”などの言葉遣いや 安倍政権の国粋主義的志向では ”東アジアからだけではなく(世界中から)日本は孤立する” といった考え方について 抗議を受けた。 口調は以前よりも冷たく、 説明・説得しようとしているというよ り怒りをぶつけているようだった。

 僕が なぜドイツメディアが歴史修正主義に神経質になるのかの説明しようとしても (役人たちの)誰も耳を貸さなかった。 役人たちによる 外国人特派員の昼食への”招待”の数、 第二次大戦に対する”日本の認識”を広めるための予算が増えていること、 そして新たなトレンドとして 批判が過ぎるとみなした外国人特派員のボスを(もちろんビジネスクラスで)ご招待する、 といった事も耳にした。

 でもこうした行為を推奨している人たちには 慎重に対処するように助言したい。 編集長たちは 凄腕政治的PRは経験済みどころか慣れているし、 的外れな努力はえてして正反対の結果につながりかねないのだから。 僕が中国から賄賂を受け取っているという領事のコメントについて 正式に抗議した際に得た回答は ”誤解だ” というものだった。

 さて、ここからが僕のお別れの言葉だ。 何人かの同業者と違って僕は、日本の報道の自由が脅かされているとは考えていない。 民主党時代に比べて小さくなっているとはいえ、 批判の声はまだ聞けるのだから。 ーそれどころか数としては増えているかもしれない。

 日本の上層部のクローズドショップ志向や 政権が外国人記者に情報公開をする度量がない現状は 報道の自由に大した影響を及ぼしてはいない。 情報を得る手段は他にいくらでもあるのだから。 

 しかし現政権は 民主主義においては政策は国民に、 そして世界に向けて説明されるべきものである、 という基本事項について 自らがいかに無知であるのかをさらしているのである。 自民党報道担当には 英語を話せたり外国人記者に情報を提供したりする能力があるものが一人もいない、 と同僚が言っても もはや面白いとは思えない。 そこら中を旅行していると自認する現首相が 外国人記者クラブに足を運ぶことを拒否している という事実についても同様だ。

 ただ、政府が外国人記者に対してだけでなく 自国民に対してすら秘密主義であることを 悲しく思う。 この5年間で 僕は日本列島を隅から隅まで旅した。 でも東京と違って 北海道から九州まで 誰も僕が日本に対して辛口の記事を書いていると非難する人はいなかった。 それどころか どこにいっても興味深い話や楽しい人たちとの出会いに恵まれてきた。

 日本は依然として 世界有数の豊かな、そして開かれた国であり、そこに住んで記事を書く特派員にとって 素晴らしい国なのだ。 僕は外国人記者が、そしてもっと大切なことは 日本の国民が これからも自分の考えを口にできるように願っている。 調和というものは 抑圧や無知からは生まれないものだと思う。 そして真に開かれ、健全な民主主義を目指すことこそが 僕のこの5年間の”故郷”にふさわしいゴールだと考える。            (引用終り)

 日本では どのテレビ局も新聞も 「政府からの圧力」を口にするものは居ない。 また 「外国情報」がたよりという 悲しい現実にぶつかる。 海外に対して、 領事館や外交官を使って このような事をし続けれているのであれば、 「報道の自由度の順位」が あれほど低下したこともうなづける。 二次大戦において、 「南京虐殺」は 「中国のプロパガンダ」などというが、 その前に こういう 外国報道機関への「圧力」をかけていたために それらの報道機関が 中国寄りになってしまったのかもしれない。 それにしても 思った以上の 「政治圧力」ではないか。

 相手に対して 確かな根拠もなしに 「中国から金をもらっている」などと 誹謗したなら、 それは 激しい反発を呼ぶことくらい わからないのだろうか。 まあ、 皆さんに読んでいただいても 「釈迦に説法」であって、 本当に読むべき人々は 「別に居る」ことが なんとも歯がゆい。

 それでも  「国内情報」だけを 鵜呑みにされて、 『安倍政権を擁護』するような方と話されるときの 一助になるかもしれない。 そう思い 転載した。

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