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世界には もっと保護すべき 文化遺産があるのではないか、 と思える 余りに多い 「日本国内の 世界遺産」

 悪い話ではあるまいが、 少々食傷気味に感じるのは 私だけだろうか。  「国内の世界遺産」。 本当に 世界には これらを超えるような保護すべき 『文化遺産』は無いのだろうか。
                                                    フジテレビ系(FNN) 5月5日(火)
4日夜、ユネスコ世界遺産委員会の諮問機関「イコモス」が、九州と山口県を中心とする、8県11市の23の施設から構成される「明治日本の産業革命遺産」、製鉄、鉄鋼、造船、石炭産業を世界遺産に登録するよう勧告を行った。
一歩前進をした23カ所のうちの1つ、長崎市のグラバー園は一夜明け、朝から普段以上に多くの観光客でにぎわっている。

〇〇遺産なるものが こんなに毎年増えると そのうちに これも 「世界遺産」になるかもしれない、などと思ってしまう。

「フルベッキ群像写真」というのは、オランダ出身でアメリカ・オランダ改革派教会から派遣された宣教師グイド・フルベッキとその子を囲み、上野彦馬のスタジオで撮影されたというもので この写真は古くから知られており、1895年(明治28年)には雑誌『太陽』で佐賀の学生達の集合写真として紹介された。その後、1907年(明治40年)に発行された『開国五十年史』(大隈重信監修)にも「長崎致遠館 フルベッキ及其門弟」とのタイトルで掲載されている。

都市伝説

 全くの「偽物」というわけではない。 他にも 同じスタジオで撮ったとされる 写真もある。 人数は少ないが 同じ構図で同じスタジオのもの。 産業能率大学所蔵の フランスで発見された カメラ位置の違うものなどがある。

 都市伝説-3-

 ところが、1974年(昭和49年)、肖像画家の島田隆資が雑誌『日本歴史』に、この写真には西郷隆盛・高杉晋作・勝海舟・坂本龍馬・大隈重信らが写っているとする論文を発表した(2年後の1976年にはこの論文の続編を同誌に発表)。 この説は学会では相手にされなかったが、 一時は佐賀市の大隈記念館でもその説明をとりいれた展示を行っていた。 また、1985年(昭和60年)には自由民主党の二階堂進副総裁が議場に持ち込み、話題にしたこともあったという。

 この写真の話題は間歇的に復活して流行する傾向がある。ちなみに最初に島田が推定した維新前後の人物は22人であったが、流通する度に徐々に増加。現在では44人全てに維新前後の有名人物の名がつけられている。

「山口県田布施町の怪」

 そして、ついには 「カラー写真」まで 出回ったのである。 (笑)  日本の一部の人々が信じている 「大日本帝国観」と とてもよく似た発展の仕方である。 名越二荒之助 著 「大東亜戦争を見直そう」が 彼らの言い分の 原典であり、 それ以前の著書には このような記述は一切無い。 東南アジアでは 「大日本帝国軍に感謝している」という 証言は この本に記述されたことを発端としている。 それ以降 「東郷ビール」や「インドネシアの独立記念日に日章旗を上げる話」 「マッカーサーが アメリカ議会で 日本の戦争は 自衛戦争と証言」など、 ほとんど空想上の事柄が 尾ひれとしてついて 今に至っている。

     都市伝説-4-

 世の中 なかなか常識どおりには行かないから 「世界遺産」になるかもしれませんなーー (爆)
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