まるで言葉の遊びの 「戦争法案」、 憲法学者が国を守れるのか、というが 「政治家と軍人」では 国を守れないことは 「ポツダム宣言受諾」で証明したばかりだろう。

                                                   茂木健一郎 ‏@kenichiromogi
数学者よりも数学を知っていると政治家が言ったら笑われるだけだし、音楽家よりも音楽がうまいと政治家が言ったらスルーされる。ところが、憲法学者よりも憲法を知っている、オレたちに任せとけ! と政治家がいうと、驚くことに拍手喝采する人も一部いるのが、この世というもの。イヤだねえ。

     217人「憲法違反」

 この内閣の答弁を聞いていると まさにオウム真理教の「上祐氏」を思い出す。 当時言われた言葉 … 「ああいえばジョウユウ」、 自衛隊員を危険にさらす と指摘されれば 「危険のない場所で行う」と言い 「危険になれば ただちに撤退」という。 戦争をしながら、 「ただちに撤退の援軍」など 必要とされまい。 ましてや 「玉や弾薬が飛んでこない場所」を 攻撃側ならともかく どうやってわかるのか 教えてもらいたいものだ。 最近では、 嘘に嘘を重ねて 「自分たちが何を言ったのか」定かでないのだろう。

 緊急に必要でもない法案を なぜだか知らぬが 『夏まで』と 期限を決めて成立させようとする。 はっきり言ってしまえば、 国会の論議など どうでもよいと考えている。 「戦争ができる」ということが 彼らにとっては安心なのだろう。 まあ、 戦争の結果がどうなるのか、 それを想像することはしない。 アメリカと組んでおけば、 「負け戦」はないと思っている。 他の国から見れば、 「日本」も「フィリピン」も 虎の威を借る狐-- 卑怯者 --と また見られるかもしれない。

     弾や爆弾が飛んでこない場所
                                                         PassyKis ‏@passykis
アフガニスタンから帰国したドイツ兵イエーガーさん:治安維持のために派遣されたが実際はそうではなかった。大きな嘘だった。アフガンでは戦争が行われていた。ドイツ兵として「戦争だ」なんて口にすることも許されなかった。黙って働けと。
     治安維持のために派遣されたが実際はそうではなかった。

                                                     毎日新聞 2015年06月08日
安倍晋三政権が集団的自衛権を行使可能にする憲法解釈の変更に踏み出したのを受けて「私たちにできること」を問うた時、半藤 ( 一利 --作家--) さんは何度も指で空をつまむ仕草を繰り返し、言った。「戦争の芽を一つ一つつぶしてかかるしかない。こんなふうに、自分の手で」…

 「この1年で国は随分変わりましたね。『戦争の芽』は指ではもうつぶせないくらいに育ってしまったようだ。戦後70年の間で、今ほど国会で『戦争』が論じられた日が過去にあったでしょうか。70年間、常に平和を論じてきたはずなのに」

 再び会いたくなったのには理由がある。海外での自衛隊の活動の拡大を図る安全保障関連法案が閣議決定された5月14日夜、安倍首相は記者会見で「米国の戦争に巻き込まれることは絶対にない」と断言した。迷いのない言葉を聞いて、ふと、「絶対」という言葉を使わない作家の存在を思い出したのだ。

 東京大空襲の焼け跡で14歳だった半藤少年は「絶対に日本は正しいとか、絶対に神風は吹くとか、すべてうそだ」と思い知った。それ以来「絶対」という言葉を使わないと決めた。そんな半藤さんは安倍首相の「絶対」をどう聞いたのだろう。

 「分かりにくさ」は意図されたものだ、という。「安倍さんが語るのは理念だけ。集団的自衛権の行使が可能となる『存立危機事態』を説明するのにも、具体的な『仮想敵国』一つ挙げない」。確かに、国会で議論になっている具体的な地域といえば「中東のホルムズ海峡」や「南シナ海」しか思い出せない。

 「朝鮮半島や日本近海での有事を語らない。国民が戦争を具体的にイメージし、恐怖や不安を感じ始めるのを巧妙に避けているかのようじゃないですか」

 分かりにくい理由のもう一つは、安保法案の一括審議だ。

 「麻生太郎副総理が2年前、改憲について『ナチスの手口に学んだら』と発言したことで、立法権を国会が政府に委任した『全権委任法』が話題になりました。しかし実は、同法より前、ヒトラーは国会決議を経ない閣議決定で大統領緊急令を発令させ、ワイマール憲法を空洞化し、幾つかの法を一束にしてまとめて変え、国民の自由を制限しました」。「安保法制の進め方にも似ていませんか?」

昭和2、3年ごろは盛り場をモダンガールと歩いた男性が、7、8年後には官憲から「非常時にイチャイチャするとは何事だ」と批判される。軍縮や対中国強硬論反対をぶっていたはずの新聞が読者の期待に沿うように<勝利につぐ勝利の報道>へとかじを切り、これがさらに読者の熱狂をあおる。「銃後」の言葉の下、女たちが自主的に兵士の見送りや慰問を始める……。

 「昭和の最初、米英批判は極端な意見に過ぎなかった。ところが人々がそれに慣れ、受け入れるうちに主流になった。リベラリストが排除され、打倒米英を本気で唱える社会となっていった。国定教科書改訂で『修身』が忠君愛国の精神を強調した数年後には『日本臣民』が続々と世に増えました」。「仮に自衛隊が海外派遣されるとする。『私たちのために戦いに行く彼らを見送ろう』と声が上がる。見送りすることは悪いことではないから批判しづらい。しかし見送りに参加しなければ『非国民』呼ばわりされかねない空気が段々と醸成されていく。ありえると思いませんか」

 半藤さんは今、異なる言論に対する許容度が極端に落ちていることも深く懸念する。「閉鎖的同調社会になりつつあるのではないでしょうか。似た考えの仲間だけで同調し合い、集団化し、その外側にいる者に圧力をかける。外側にいる者は集団からの圧力を感じ取り、無意識に自分の価値観を変化させ、集団の意見と同調していく。その方が楽に生きられるから」。                                                        (引用終り)





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COMMENT 2

バッカじゃないの!  2015, 06. 11 [Thu] 20:10

安倍の思い描く戦争は、ずいぶん気楽で都合よく展開できるのだなあ
本気であり得ると思って話しているのか
こういう人についてゆく谷垣、菅、船田、公明党はどういう事情があるのだろうかと考えてしまう。

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リュウマのパパ  2015, 06. 12 [Fri] 09:01

Re: タイトルなし

> 私はそろそろ動けなくなってきました。

どういう意味なんだろう。
心配です。

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