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この政権になって 『日本は平和憲法を捨て、 中国と戦争をしたがっている全体主義国家だ。』と西欧+米国に 拭い去れない印象を与えたことは 日本にとって とても危険なことだ。

 私が時に皆さんにお知らせする 『十全外人大庭亀夫』さんは ニュージーランドのかたのようであるが、 白人社会というか ヨーロッパ社会というかは わからないが、 その辛辣な「日本社会批判」には、 日本社会に居ては多分気づかないであろう視点を教えてくれる。 ここまで、「日本社会」をボロクソに言われると かえって爽快感がある。 まあ、 (彼に言わせると) 私も全体主義社会の一員であるから、 『日本人に 面と向かっては言わないけど』  相当意見は穏やかに主張している (笑)。

 安倍総理が 『70年談話』を出すといったときに、 諸外国では 「日本が80年談話を出すことはないだろう」という論調があったこと (80年談話を出す前に戦争しているの意味) は 日本ではあまり伝えられていない。 ましてや、 この内閣の成立後、 どんどんと世界の集団から離れて、 孤立していっていることも伝えられていない。 いや、 むしろ逆に 隣国の「中国」、「韓国」が 世界から仲間外れにされ、 「日本」は 世界から 愛され好かれ、 そのうえ 『すごい国だ』『素晴らしい人種だ』と 褒めたたえられていると 報道されている。

 連日のように、 日本に来た外国人が テレビで 「日本の良さを絶賛している」番組が流れ、 日本の伝統や、地域や物産が どれほど外国に比べすぐれているのかを 検証する番組さえある。 こんな国であるのに、 「国連の常任理事国に立候補」しても 大した賛同を得ない、 「慰安婦非難決議」を各国でなされ、 謝罪と賠償を求められる、 卑近な例では、 英国王子来日でも、 英国王室のホームページには 安倍首相との写真もなく、 王子の活躍のみの写真に終始する。 G7でも、 安倍首相の写真は報道されない、と日本人がその気であれば 気が付きそうな点は 何度もあった。 が、 そのたびに 「韓国のプロパガンダの影響」、「中国共産党から金が流れている」と 隣国のせいにして 乗り切っている。

 久しぶりに 「十全外人大庭亀夫」さんが 日本社会に関して ツイートしているので それをまとめて掲載しておこう。 けっこう核心を突いた 「日本社会批判」と 思うのだが 皆さんは どう思われるだろう。

                                               十全外人大庭亀夫 ‏@gamayauber01
 差異や自分との小さな違いばかりを言い立てて、なにひとつ共有しようとしない社会がどうなっていくのか、興味があるような気もするし、行く末はわかりきっているような気もするのね。 「日本対世界」という孤独な自己認識しかできないことにおいては世界中を敵にまわして一国で戦うことを「誇り」と感じていた1945年6月の日本と変わらない。 集団自衛権の橋をわたって過去の「栄光に満ちた孤独」に帰ろうとする安部政権への国民の支持(特に再選)の謎を解く鍵がここにある。

大日本帝国は軍備ばかりがバカでかいビンボー国で世界中(特にアジア諸国)の軽蔑と憎悪を一身に浴びる見栄っ張りの惨めな国で「栄光」なんか頭のいかれた軍人の頭のなかにしかなかった所が現実と異なるけど。 平和と繁栄には飽きたので、またビンボーで喧嘩に明け暮れる日が送りたい、ということだろう

「こんなにたくさん自由はいりませんから」と申告すると政府は、どんな国でも、そのくらいは欲しいと国民がおもっていた「ささやかな自由」も根こそぎに持っていってしまう、という常識が日本の人にはなかったのかなー。 この謎について、そのうちにオベンキョーしなければ

日本について2年に渉って世界に流布された平和憲法を捨てたがっているという強い印象は 中国支配層のなかの「対日好戦派」を利したが、今度は集団自衛権を主張することでアメリカの飼い犬になりたがっていることを表明してしまった。 なんだか、日本の人、なにがやりたいんだろう? 自傷行為なのか

遠くから観ている「平均的な」世界のあちこちに住んでいる人達には「日本人は 平和よりも中国と戦争してアメリカの力を利用して勝つことを望んでいるのだ」 というぼんやりした、 でも、拭い去れない印象をつくっただけだった。 中国と戦争してもアメリカは「止めたんだけど」と言いそうな状況だのに…

学校で英語の基礎的な「読解力」を身につけた人びとは、いまこそ「学力」を発揮して FTやThe Economistや、(こっちは日本の人が英語で書いている記事なのでやや趣が異なるけど)WSJを毎日読むとよい。 日本の新聞TVか英語マスメディアのどちらかがオオウソなのだと判るだろう

「自分達は 非道な中国に対して立ち上がった正義の国民として戦争も辞さない」 と世界に向かって毎日進軍ラッパを鳴らしている所に、アメリカでは、突然「反中国」の様々な言説が行われ出したことは、日本人ひとりひとりにとってはたいへん危険なことだと思う。軍靴の響きが聞こえてくる

アメリカは、もうたったひとりの自分達の若者を戦場で失うことにも耐えられない気持になってきている。 これからは長年の同盟国として日本の若者に死んで欲しい、というのはワガママでも正直な気持ちだろう。 チョシンの韓国地上兵たちの役割くらいはやってもらいたいと考えているのね

違う方角から眺めると日本は「マスメディアやジャーナリズムが存在しない自由社会は成り立ちうるか」という風変わりな実験の結果だとも言える。 「自由への欲求がない国民の自由国家」として、いったんは成立するかに見えたけど。

金融の方角から見ると、また、日本は「民間銀行が存在しない自由経済は成り立ちうるか」という実験でもあった。 これはかなりの程度までうまくいったと評価するひとが世界中にたくさん存在する

ただ安倍政権になって西欧+合衆国の認識のなかで、はっきりと 日本が自由主義国家ではないと感覚されてしまったのは、引退した政治指導者たちの自伝に記された現実国際政治の進み方を読むまでもなく、とても危険なことだと思う。 よく較べられる小泉政権との最大で本質的な違いがそこにある

「いや、でも当の日本人たちは、あれで自分達が自由を捨てたとは思っていないんだよ」とぼくが述べたときの「そんなバカな」というみなの笑い声を思い出す。 ほんとなんだけどw

戦争中、日系人強制収容所にいれられて高校を強制中退させられたカップルが72年後の今年やっと名誉高卒の資格を与えられた。 「痛み」が少しでも癒えるだろうか。 (韓国の慰安婦の人々にはこの程度の慰藉も与えられないのか) 韓国の慰安婦を「ただの自発的なビジネスとして売春やっただけのくせに」と嘲笑した人びとは、いまもまだたくさん生き残っている戦後にアメリカ兵相手の売春を余儀なくされた女の人たちの胸中を考えてみた事はあるのか。 そのなかにはおおぜいの、きみ自身の母親や祖母も混ざっているのだけど

僕は君が韓国慰安婦の人々を嘲笑しているのを観て、髪をつかまれてオーラルセックスを強要されて「アメリカの人は自分の奥さんにも、こんな事をさせるの?」と聞いたら「失礼な!」と頬を打たれて自殺を図った日本人の将校未亡人の手記を思い出していた。 慰安婦は君自身の過去でもあるんだけど

きっと、あのひと晩の楽しみのために有楽町で年上の日本人の女を「買った」若いGIは、オカネのために身体を売るような人間が、人間としての尊厳を踏みにじられて自殺を図ったことにびっくりしただろう。 丁度きみが韓国慰安婦の「あつかましさ」に驚いたように。

韓国慰安婦への日本社会の冷血な反応を観て、自分の過去がばれないですんできたことに胸をなで下ろしている人が日本中にたくさんいるだろう。 訴え出た慰安婦を あしざまに言ってのける孫や息子を索漠とした気持で見つめている老女が 日本には何万人いるのだろう。

そーゆーわけで、韓国人慰安婦を笑うきみの笑い声や、軽蔑で鼻を鳴らす音を聞くたびに、ぼくは「この世界に神様なんているわけないよねー」と思うのさ。 この世に神様がいるなら、きみみたいな人間が、生きて通りを歩いているわけないものね。 神様がいなくて、よかった、よかった。  ラッキーじゃんw

全体主義社会では人間は基本的に社会のパーツとしての「モノ」なので、意識のスイッチを切ればいくらでも冷たい態度をとれる。セックスにおいては性具のように虐待できる。 労働においてはロボットのように酷使できる。 燃料代程度に賃金あげればいいんだもんなあー。 支配層はラッキーだのい。

だから人間性が乏しい社会のほうが生産性が高いというリークアンユーの観察は正しかった。あの人、わがままなことばっかし抜かす自国の国民と違って、もともと自由を欲しがったりしない日本人の国民性がよっぽど羨ましかったんだなw  文句を言わず努力する国民くらい良いものはこの世界にはない

誰も自由を求めず誰もが天然に全体主義者な社会では資源がなくたって、政府が工夫しなくても、政治家や役人がマヌケ揃いでも、どれほどの生産性が獲得できて、どれほどの繁栄に到達できるものか、日本人は社会全体を実験場にしてやってみせた。 「自由のいらない社会」、シブいw

フランスならば国家が自由を保障しなければならないのは第一に「私は自分勝手にやりたいんだもん。」という人がたくさんいるからである。日本には社会が自由を保障しなければいけない理由があるかしら。 例えば働こうともしないで生活保護をもらう人は日本では「わがまま」なだけなんじゃないの?

自由を求めない人間が構成する社会に自由が必要だろうか? ちゅうのは、わしブログに何度も出てくるテーマだども 日本の人自身はどんなふうに考えているのだろう? 憲法よりもアベノミクスで株価があがるほうが嬉しいんじゃないの? ギリシャ人はバカなわがままに見えないの? そういう所がよく判らない

日本の人が求める社会は「他人の気持ちを傷つけはしない思ったこと」を気兼せずに言えて 「悪いこと」さえしなければ何をしても許される社会だとおもうが、それは洗練された「全体主義社会」だよね。 だから、ぼくは、やっぱり日本の人は「よく出来た全体主義社会」をこそ望んでいるんだと思う。

「自由を謳歌する中国人」を想像するのは簡単だけど「自由を謳歌する日本人」を想像するのは難しいものなあー。 「自由ななかにも節度」があったりしそうであるw  ちゃんと ちゃんと ちゃんと。 チャント チャント。 Chant Chant Chant ! 

追い詰められた道を歩いて角を曲がったら戦争に飛び込んでしまいました、というのねw 他人に責任を押しつけるためには他には歴史の書きようがないもんね。やむをえない>

冷戦で米に殺されずにすんだ国家社会主義は国家社会主義経済官僚のチャンピオン岸信介を首相にし孫首相への支持を通じてまた戦争の地獄へ連れ戻す所ですのい。日本の天然全体主義社会を考えると(遅らせることは出来ても)止められないだろう。                  (引用終り)

 私は 「東京の国会周辺デモ」について 何度か書いてきたが、 あの規制に対して どなたも発言しないことが不思議でならない。 あのような形態のものを 「デモ」などとは言わない。 多分、十全外人大庭亀夫さんも、 あれを見て 『全体主義の国』と 直感したのだと思う。 3万人、4万人と 参加者数の発表はあるが、 だだっ広い 道路を挟んで 国民が チョコマカと集会を開いても、 政治権力はなんら「脅威」を感じない。 デモは 示威運動 (多数の者が意思・要求を通そうと、集団で威力を示すこと。また、その集会や行進) である。 その要求を通すために行うものであり、 主権者の 政府への大切な「権利の1つ」である。

 大日本帝国に関しても、 現在の政府や日本社会に関しても、 この見方が 『唯一』のものでないにせよ、 外から見ている人々の中のある程度が同様の見方をしていることは 日本人にとって 考えておかねばならない問題ではないだろうか。
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