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1959年の 米軍機 宮森小学校墜落事件を伝える 『琉球新報』、 沖縄の歴史の一端を知る

 BARA ‏@BARANEKO さんが 琉球新報の記事を紹介している。 1959年 6月30日 米軍嘉手納を飛び立った米軍ジェット機が石川市(現・うるま市)宮森小学校に墜落した事件のことだ。 もちろん、 日本本土では 「ニュース」には なってなかったと思う。 -- 私も記憶する年代に達していなかったので、何とも言えぬが… -- 

 南京虐殺にしても、 慰安婦にしても こういう「生き証人」の話が その地では語られている。 今度の 「戦争法案」に対して 法律の専門家の意見 (合憲 対 違憲) が 6,000対3であったように、 世界での日本の主張への同意も 同程度であろう。 そして それは、 日本の公文書資料や 机上の計算ではなく、 こういう 多くの証言者によって 補強されているのである。

 これが、 国内で起きていれば それなりの処置がなされていたのだろうが、 交通事故でひき殺しても 「器物破損に問われるだけ」であったとも言われる 「沖縄での出来ごと」であることが悲しい。 

     宮森小学校に墜落
      百地氏も 特攻賛美もよかろうが、 復帰までの沖縄の苦労を もう少し理解すべきだろう。
                                   画像は BARA ‏@BARANEKO から (縦に編集してある)

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