スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今さら「なぜ? みんなの党」 --小泉改革の徹底が信条なのに--

 何日か前、東京では積雪があったらしいですね。40年ぶりだとニュースで言っていたと家内が申しておりました。私が大学に入学した年です。「中野」の学生寮にいまして、「焦りましたよ。」幸い学生寮でしたので、スチームが入って部屋は暖かくしてくれたような気がします。大学は当然「欠席」したと思います。いや、大学は出席自体が珍しい事でしたから、私にとっては。

 皆さんの地域でも「雪」がちらついたのでしょうか。これだけ「気温変化」が激しいと、何か狂ってしまいますね。

  東京の雪


 今の大学生の皆さんは「本当に」大変だと思います。大学に出席しないといけないのですから。アメリカと比較して日本の大学生は勉強しない、と言われ「大学への出席」を強制されていますが、大学受験時の学力レベルからして、日本が高すぎる (高校時代に勉強しすぎている) わけで、彼らは大学に入ってから、その分しているに過ぎないと考えられます。トップ校はいざ知らず、一般の大学の数学の学力レベルは「日本の中学生並」だとのことですものね。

 狂っていると言えば、政治の世界もそのようです。新党ブームの中で「みんなの党」が人気なんだそうですが、なぜ今さら脚光を浴びるのでしょうか。

                  プロメテウスの政治経済コラム さんより引用

 小泉・竹中新自由主義「構造改革」が調子に乗りすぎて、いざ、民主党の出番というときに、当の民主党が保守政党の枠を逸脱することによって国民の支持を獲得してしまったので、財界、大マスコミの保守二大政党制構想は、一端頓挫を余儀なくされた。

 自民党の敗北が見えてきた時点から、財界、大マスコミはしばらく民主党を政権につかせて、美辞麗句や単純批判ではすまない現実の厳しさのなかで、民主党の陶冶に力を入れ、実践で政権党としての自覚を促し、民主党を第二保守政党の枠内に引き戻すことを考えるほかなくなった。

 ところが、未曾有の経済危機のなかで、国民の暮らしがますます厳しく先行き不透明となるなかで、従来どおりの強欲を続ける財界やアメリカにモノが言えない民主党への国民の期待が急速にしぼみ、いまや「民主でも自民でもない第三極」がマスコミでも取沙汰されるようになった。

 財界、大マスコミにとって 「第三極」が革新政党に向かうことはなんとしても阻止しなければならない。新党「たちあがれ日本」、「みんなの党」は、支配層の期待に応えることができるか。

  昨年の総選挙で、政権交代が行われ、自公政権に終止符が打たれたが、それから半年すぎて民主党連立政権の支持率が急速に落ちている。新政権の7カ月の動きをふりかえると、国民の多くが変化を望んだ肝心要(かんじんかなめ)の問題で、公約を裏切ったり、期待を裏切ったりすることの連続だった。

 たとえば、お年寄りを「姥(うば)捨て山」に追いやる後期高齢者医療制度について、(民主党は)「撤廃する」というのが公約だったにもかかわらず、4年後に先送りする。しかも代わり検討されている「新制度」は、65歳以上を別枠の制度にする案である。
 それから、労働者派遣法の改正では、(政府提出の法案は)「与党3党案」と比べても財界の要求で大きく後退し、抜け穴だらけの「使い捨て」労働温存法案になってしまった。--中略-- 鳩山首相は優柔不断で、政府・与党内のゴタゴタが目に付く。こうなると、政治の中身も、政治の体質も、自民党と変わらないということだ。

--中略-- 民主党の支持率が低下しても、自民党の支持率が上がらない。新自由主義「構造改革」政治を再建するまえに、国民の政治意識が前に進み、革新政党に向かってしまったら大変である。そこで、「自民党には不満がいっぱいだが、民主党にも不安がいっぱい」―だと、今売り出し中の、渡辺喜美元行革担当相が代表を務める「みんなの党」への肩入れを始めた。

 まだ勢力は大きくないが(衆院5、参院1)、「みんなの党」はもっともストレートに新自由主義「構造改革」を掲げており、財界の要求をもっとも忠実に反映する政党である。                (引用終わり)

 マスコミによると、「日本丸」は沈没寸前であるらしいのだが、なぜこうなったのかは彼らの論調からは定かでない。この閉塞感を「打破」するのに新党が期待されているのだが、「プロメウス氏」の言うようにもっと革新的な政党が望まれる。

 『改革なくして成長なし』これが小泉改革のスローガンであった。その改革後、「戦後最長の好景気」を統計上「日本」は迎えたことになっている。小泉・竹中氏に足を向けて寝られない人々がいるらしい。1億2千万の大半はその枠外であったにしても。

 こんな「改革」をまた国民が望むと思っているのだろうか。今は官僚の削減や人件費の抑制などで好評のようだが、根底は「小泉改革の徹底」では、先は知れている。

 我々国民が知らされた事は「国民に元気がなければ、国は持たない」と言う事であり、国民を犠牲にして、企業の繁栄はないと言うことである。トヨタがいくら車を作ろうと、車を購入する賃金をもらえなければ購入できない、消費行動は起きないのである。Canonも同様である。1眼レフを持ち、豊かに旅する社員なくして消費は無いのである。

 いくら自動車ショーで「水着の女性」をはべらせても、金が無ければ車は買えないのである。従業員の厚生年金、健康保険は「派遣・臨時」にかかわらず、会社として負担すべきは負担する当たり前の会社に戻りなさい。

モーターショー
水着の女性に変えて、若い世代の関心を引きたい。などと本心で考えているのですか。

 まだ、我々が望む政党は出てきていない。無いものネダリかも知れぬが、霞ヶ関と関係の無い人々が作った政党のほうが、上手くいくのかもしれない。今の民主党を見ていると逆にそう思える。

 知らないほうが返って上手くやれる、強引に突っ走れるのかもしれない。

 一般国民の次の政権に望む事は次のようであろう。

 1.今までの自公政権下の政策の徹底検証 (あらゆる疑惑に対して)
 2.政権公約の完全な履行 (後での理由付けは聞きたくない)
 3.対等な日米関係
 4.国民間の機会の平等 (諸条件による有利・不利の拡大の是正) 
 5.官僚の専横の是正と『国民のために働く』意識改革
 6.財界の日本企業としての意識の向上
  もちろん、経済対策などもあろうが、理念上はこのようなものではないかと、
  少なくとも私はそう思っている。

スポンサーサイト

COMMENT - 1

princessmia  2010, 04. 26 [Mon] 06:53

「大学に出席しないといけないのですから。アメリカと比較して日本の大学生は勉強しない、と言われ「大学への出席」を強制されていますが、大学受験時の学力レベルからして、日本が高すぎる (高校時代に勉強しすぎている) わけで、彼らは大学に入ってから、その分しているに過ぎないと考えられます。トップ校はいざ知らず、一般の大学の数学の学力レベルは「日本の中学生並」だとのことですものね」
  
 各国で数学の社会的重要性は異なるのですから、アメリカ人学生の数学力が日本人より低いのは別に不思議でないと思います。逆に日本人の英語力は他の先進国の非英語圏の学生のそれとの超絶格差がありますが、日本では英語力が低くても低学力と言われませんよね。

Edit | Reply | 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。