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『憲法の理念を守ろう』という 日野市の封筒の文言が消されたことは 「小さな問題」とはいえない。  「平和」をなくして 「平和」の有り難味を理解しても手遅れだ。

 昨日伝えた「日野市の封筒」は けっこう話題になったようだ。

 「日野市の封筒「日本国憲法の理念を守ろう」が墨塗りされる事態になったのは、『6/8第2回定例会可決「議案第5号」新しい憲法を制定することを求める意見書』の影響との報。もちろん自公・日本会議所属議員らの発議によるもの。だそうです。-- OZOKEN さん--

 日野市役所に電話して聞きました。日野市役所にはどうやら問い合わせが殺到しているようで、ツイッターで流れてきた画像と言ったらすぐに何のことか理解されていました。 「日本国憲法の理念を守ろう」の部分を塗りつぶしたのは事実。単純ミスだそう。新しく印刷した封筒にこの文言はない。
「日野市として憲法への考え方に変化があったのですか?」の問いには「それはありません。」-- BASIL さん --

 いろいろなコメントの中に 『これが 大日本帝国憲法』なら、 それを消した職員は「非国民」で、 特高警察が動き出しているよね。というものがあったが、 ある意味核心をついている。 それと同等のことが 今の憲法では そのような罪に問われないということも 「すごいこと」であるし、 そんなことが平気で行われていることを、国民 (市民) は理解しておく必要もある。 いずれにしても、 新しい封筒には 『その文言』が印刷されていないわけだから、 大きな方針の変更が行われたことだけは確かだろう。 

その点について 山崎 雅弘氏が次のようにツイートしている。

                                                  山崎 雅弘 ‏@mas__yamazaki
新たに作られる封筒には「日本国憲法の理念を守ろう」の文言は無いのなら、この文言をマジックで抹消する行為は「単純ミス」でなく「日野市の方針に沿った業務」だろう。「日本国憲法の理念を守るのをやめよう」という日野市から市民へのメッセージ。

こういう小さいことの一つ一つに対して「小さいことだから」と傍観・容認しているうちに、巨大な濁流のような流れになる。そうなってからでは対処できない。日本会議系地方議員の運動が背後にあるなら、大手メディアは淡々と事実関係を伝えないと駄目だろう。傍観・容認は肯定と消極的協力を意味する。                (引用終り)

 そして こんな『田中龍作ジャーナル』の記事を紹介している。

                                         2015年10月22日  『田中龍作ジャーナル』
 (自衛隊が派遣されたイラク戦争で)戦死者が出たら武道館で葬儀することになっていた。武道館のスケジュールをチェックしていた。 (武道館で葬儀を執り行うのは)国威発揚のため。安倍首相は来るに決まっている。自衛隊の儀杖隊、中央音楽隊も来るだろう。

 こう語るのは元自衛隊レンジャー隊員の井筒高雄氏だ。

 安倍政権は「安全だ、安全だ」と言って自衛隊を海外の紛争地帯に送り出す。言葉とはウラハラに実際は、葬儀の段取りまで決めていたのである。   井筒氏は続ける―

 今年入隊した非正規の自衛官は2千400人増えている。正規は1千人減らしている。これからどんどん海外に行く。あえて言えば死んでもいい人たちが。交代要員だから。

 盾になる非正規隊員は1年目、2年目の隊員でいい。10代、20代の。家族(妻子)のいる人が少ないので補償金が少なくて済む。

 アフガニスタンで交戦各派の武装解除にあたった実績を持つ伊勢崎賢治氏も、安倍政権の欺瞞を指摘する。

 中国の脅威がないと困る人がいる。恐怖をコントロールする。煽って予算をつけたいからだ。

 空(自)と海(自)、全部アメリカに組み込まれている。来年、(自衛隊の)中央即応集団がアメリカ軍と一体化する。これから日本はアメリカが起こした戦争に自衛隊を送る。その大前提が今回の安保法制だ。  為政者は恐怖を作り出す。

 伊勢崎氏は幾度も強調した。 井筒氏と伊勢崎氏が語る戦争のリアルは、マスコミの記事とは違って具体性に富む。想像の及ばぬ厳しい現実を日本人が知る日も近そうだ。                  (部分引用終り)

 イラク派兵の時は こっそり 『棺桶』を20個積んでいったのだそうだが、国家、政府と言うものは われわれ「凡人」とは違って 何を考えているのか、さっぱりわからない時がある。 「国家の面子」など 私などは ほとんど気にしないのだが、 気にする人々もいる。 個人の生活に何の関係のないことも あたかも『実害がある』かのように 煽りたてる人々がいて、 それに踊らされたり、もしくは「踊ったり」する人々がいる。

 我々が最も大切にしなくてはならないものは 日常の平穏な暮らしである。 それが失われて初めてわかる人々がいることが問題なのだが …
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