差別意識が薄い社会にいると「感度」が鈍る。それをいつも補正しながら世界と対峙できるかが日本の問題。

                               Honami ‏@rock_west
『顔のないヒトラーたち』を観てきた。日本は本当に50年以上遅れてる国だと感じた。ドイツも戦後から20年間は今の日本と同じ状況で戦時中の出来事、国の不都合な事を隠し、偽り、忘れ去ろうとし、若者は何も知らず知ろうとせず。でも国民なら事実を知る必要がある。記憶を忘れずに語り継ぐべきだ。

当時のドイツでも事実を知って伝えようとした検事達にこんな文章や言葉が飛んできた。「売国奴」「生か死か選べユダヤ人」「お前もガス室に送り込むぞ」まるで今の日本のネトウヨと同じ。裁判のおかげでアウシュビッツでの非人道的な行為が国民に知れ渡り、ナチを許さない態度が国としての誇りとなった。(引用終り)

 ナチの手法をまねよう、というどこかの政府の国では、50年前のドイツと同じような社会が出現し、政府も「全権委任法」の成立を目指している。「売国奴」「お前は○○人か」「日本から出ていけ」「死ねクズ」などと言う言葉が一般社会を飛び交う。

 日本社会自体が『差別の意識』が低いので、小さいころからずうっと慣れていると、差別への感度がなくなってしまう。他の方の書かれた文などで、「言われてみればそうだな。」と思うときが多々ある。ニュースで『○○人の××容疑者が…』と何回も繰り返すが、「○○人は必要なのか」と問われてハッとする。何の疑問も感じていなかった。まあ、多くの人がそうであろうと思うし、その後「注意」して 次の世代に伝えていければよいと思っているのだが、何しろ「その根」は相当深いようだ。

 駿台文庫(東京)が昨年二月に発行した「生きるセンター漢字・小説語句」という問題集が、結果的に販売中止、回収されたのだそうだ。ある女生徒が「キモチワルイ」と親に相談したのがきっかけらしいが、当初は出版元はその意見を取り合わなかった。

 参考までに東京新聞の記事を引用すると…

文中のカタカナを漢字に置き換える問題で、
「彼女のなだらかなキュウリョウをうっとりと眺めた」などといった表現が多数含まれていた。
ほかに「彼女の生きたキセキをストーカーのように辿(たど)る」や
「教授と私のミッセツな関係を誰にも気づかれてはいけない」などの文章も見られ…

 こういう例文だらけでも「女性蔑視」とは感じない社会が恐ろしい。まあ、これらは「はすみとしこ」の本が大手書店に平積みされ、隣国の中傷、蔑視本が棚を埋めまくる社会の現象と裏腹であろう。欧米でも こういう事が起きないとは言えないわけだが、日本と違って はっきり「異を唱えるマスコミ」がある。

 以前『インディペンデントの明日の一面』として紹介した『溺死した少年の写真 (日本の報道はすべてモザイクがかかっていた) 』、クルディ君が「もし生きていて、ヨーロッパで成長していったら…」という漫画(風刺画)をシャルリー・エブド紙--テロ攻撃をされた新聞社--が載せたことについて、ワシントンポストが非難している。--TPP批准前なのでその新聞の絵を載せておくが、批准されてしまうとこういう書き方は危険で (著作権の問題) できなくなる。今は実害主義なので600人程度の閲覧者なので大したことではない。--

                                           こたつぬこ
シャルリエプド、はすみとしこと同じレベルになった。もはや表現の自由で擁護はできない。

                                         No War in多摩
‏シャルリー・エブド紙、今度は、昨年3歳で溺れて亡くなった難民のアイラン・クルディ君がもし生きてヨーロッパで成長したら性犯罪者になっただろうと暗示するイラストを掲載。 ここまでくると、もう風刺ではない。許しがたいヘイトだ。

シャルリー・エブド社がテロ攻撃された後、たくさんの人が言論の自由を守ろうとパリを行進した。パリだけじゃない、世界の諸都市で。さまざまな背景をもつ多彩な宗教・肌の色の人たちが一緒に歩いた。 エブド社はこの人々の思いを裏切った。 悲しい。

  Nesrine Malik
                       新聞の風刺画はNesrine Malik さんのツイートから

 現在の日本と欧米の違いは こういう誤りに対して「はっきりとした指摘」を続けられるのか、黙認してしまうのか、そういうことだろう。皆さんもご存じのように、『韓国の慰安婦問題』で日本政府は「反省と謝罪」をし「10億円の基金の設立」をするという結論で韓国との間で決着したようだ。--慰安婦像がどうのこうのあるが…-- ところが、 自民党が14日に開いた外交・経済連携本部などの合同会議で、同党の桜田義孝・元文部科学副大臣(衆院千葉8区)が慰安婦について「職業としての娼婦(しょうふ)、ビジネスだった。これを何か犠牲者のような宣伝工作に惑わされ過ぎている」と発言した。この方は「オリンピックの組織委」の理事でもある。

 確かに、韓国が「もめている、ごねている」と思っている方も多いとは思うが、日本政府が謝罪したときは必ずこのような「与党のそれなりの地位」にある方が、『日本の責任や謝罪、賠償は不要』という発言をされ、いつも合意を踏みにじってきたと感じている。「何度謝ったら…」と、当時を知らない方は言うが、「謝りかけたその瞬間」、必ずこういう事件が起き、相手国が態度を硬化させる、その連続だったと言っていい。『謝罪』と『その否定』が いつもセットで行われてきて、いつも「すっきりしない」のである。

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