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『何万人もの若者の命を救った憲法9条を理解できぬ日本人』、インターネットの隅で「さよなら」といたわりの言葉を送りたい。 James F.

 日本では現憲法が廃止され「新憲法」になると海外では早くからわかっていたらしい。国内にいても「櫻井よしこ」をNHKが『ジャーナリスト』と紹介して出演させるなど(日本会議の代表とかならともかく)、とても信じられない光景が続いているのだから、外から見れば我々下々の国民よりよりはっきり判断できるだろう。

 James F.さんが「憲法9条」への別れについて、記事を上げている。2014年4月の記事と合わせて読んでみる。まあ、外国の方であるから、いつもの日本人の狭小な見方以外、この「件」が、どのように見られているのか、9条自体の見方も「中国が攻めてきたらどうするのか」という右翼の主張と比べてみると、とても面白い。私などベトナム戦争中は「徴兵適齢期」であったから、おかげで命拾いしたのだなぁ、そんな風に思える不思議な文章である。

             「平和憲法という魔法の杖を捨てる」   James F.
 朝鮮戦争が始まったとき、日本政府に対してアメリカが強硬に平和憲法を捨てて朝鮮半島への派兵を迫ったのは、比較的単純な理由に依っていて、「土地鑑」があるのが日本人だけだったからだった。 実際、朝鮮戦争の最大の激戦地のひとつ「長津貯水池の戦い」では、米韓連合軍側にあるのは、日本帝国陸軍が作成した地図だけで、背に腹は代えられない、日本の口にくわえさせた猿ぐつわを外し、手錠を取り去り、足枷も取り除いて、朝鮮半島を熟知する2万人程度の日本軍をまたぞろ朝鮮半島に送り込む以外には選択の余地はないように思われた。 (略)

 アメリカの要請によって日本の若者の生命をさしださざるをえない絶体絶命におもわれた窮地を、政敵政党である社会党と密かに話しあって、憲法九条を盾に自分自身の政権に対して強硬に抗議させるという離れ業で脱出してみせる。 結果は、「長津貯水池の戦い」ひとつでもアメリカ連合軍側は10000人を上廻る死傷者をだしたが、もちろん、憲法九条という外交的な魔法の杖がなければ、この戦場で傷付き死んでいったのは日本人であるはずだった。

 戦争放棄を謳っている憲法は日本憲法だけではないことは「憲法第九条の終わりに」という記事にも書いた。 欧州ならば、日本の憲法第九条よりも、イタリアの憲法第11条のほうが有名だろう。だが日本人にとっては「アメリカに押しつけられた」憲法第九条こそが命の恩人で、この現実的ですらない教条にみえる条文ひとつで、いったい何万人の日本人の若者の命が救われたか判らない。

                    -- 以下「憲法第九条の終わりに」(抜粋)April 14, 2014 から --
 イタリアの憲法11条と日本の憲法9条がなぜ同じく外交紛争の解決手段としての戦争放棄を謳っているのかを考えれば、「誰が直截に言い出したのか」は、あまり本質的な問題と思えなくなる。

1939年に始まった第二次世界大戦の欧州西部戦線が「イギリスの戦い」の連合王国側の勝利でひといきついたあと、1941年8月、HMSプリンス・オブ・ウエールズの艦上でフランクリン・ルーズベルトとウインストン・チャーチルは後で国際連合として知られることになる国際平和維持機構の構想について合意した。

ドイツの世界征服の可能性が消滅し、日本に至ってはなぜ降伏しないのか疑われるような悲惨な戦いに終始しだした1943年の11月にはアメリカ・イギリス・ソビエトロシア・中国の四ヶ国を「世界の4人の警察官」として平和を維持することを決定したカイロ宣言が生み出される。日本の第9条もその構想のなかでうまれる。

日本国憲法第九条の、もうひとつの大きな意味は「日本が戦争を始めるための口実を完全に封じること」で、世界の近代史を通じて突出した戦争屋として有名な好戦的な民族日本人を四つの島を終身刑務所として永遠に封じ込めておくことは、特にアジア諸国にとっては切実な課題だった。

ヘンリー・キッシンジャーが周恩来との会談で、アメリカが日本に巨大な駐留軍を残している理由を、(大きな被害を受けた中国人が最もよく知っているはずだが)日本という戦争に特化された戦争を始めたい圧力を常に持っている社会を持った国には、その圧力を力で抑えつけるための「栓」が必要なのだ、と述べている。(中略)
この文章は現在はここで公開されているので見ることができる。 http://nsarchive.gwu.edu/NSAEBB/NSAEBB145/09.pdf
日本以外の国から観れば、日本の憲法第9条の最も重大な意味は「日本に戦争をさせないことで、この条文という歯止めがなくなると、アジア全体に惨禍をまきちらしておいて、いまだに冷笑を浮かべたまま反省の色をみせない日本民族が、再び武器を手に、近隣諸国と口実をもうけて戦争を仕掛けてくるに違いないことで、慰安婦問題や南京虐殺への日本社会の居直りをみれば明かであるとみなが思っている。(中略)

アメリカは、カーテンの向こうで、いわば歴史的な賭けに出たのである。 日本人という戦争に特化された特異な文明を持つ民族に70年はめていた首輪の鎖を解くことにした。 安倍晋三が、その「ゴーサイン」を見誤って、いそいそと靖国神社にでかけてしまい、「アホなのではないか」とアメリカを失望させたのは記憶に新しいが、しかし、アメリカの「警察力」の現状をみれば、いまは靖国参拝が引き起こした外交的誤算の集積のせいで逡巡が生じていても、日本を片務同盟国から双務同盟国に引き上げて、「対中国軍事力」の要に育てていかざるをえないだろう。

「戦争放棄」を謳った憲法第9条は現実に日本という国を、個々の国民を70年にわたって守り抜いてきた。どんな強大な軍隊よりも、日本で生まれた若者をどんな場合でも地獄にしか過ぎない戦場へ出かけることから免れさせてきた。

ベトナム戦争において韓国人たちは、「地獄」を経験した。 日中、「同じアジア人のよしみで」親切に食べ物を分けてくれた村民が、夜になれば暗闇のなかから無慈悲な敵として襲いかかってくる。 自分たちの目になつかしい水田の畦道ではにかんでいた少女が、夜の闇のなかから狡猾で冷血な狙撃兵として、ベトナム人の有名な戦術、「ひとり怪我人をつくっておいて、それを救いに駆け寄る兵士をひとりづつ撃ち殺してゆく」定石にしたがって小隊の半数を射殺する。

この「地獄」を通行した韓国人たちが、憲法9条がなければ日本人であったのに間違いないことは、最小の想像力があれば理解するに足りる。5000人の死者を出し、20000人の負傷者が生まれ、戦争中に犯した市民の虐殺や集団強姦の罪の意識に平時の社会で我に返った途端に苦しめられ、平和な市民社会に適応できずに一生を終わった無惨な韓国の若者たちの人生は、第9条がなければ日本人に訪れるべき運命だった

憲法第9条がなくなれば、たとえば奨学金獲得のために志願して兵になった日本のマジメでビンボなワカモノが、日章旗をたてた装甲車に載ってカイバー峠を越えてアフガニスタンの「山頂陣地」に向かう姿が観られるようになるだろう。70年は人間の長い歴史のなかでは須臾の間とも言えるが、近代日本人にとっては、やはり長い期間の平和で、憲法第9条の終わりが、文字通りの戦後民主主義の終わりなのである。

現実国際政治の血の臭いのなかで、その70年という長い年月、日本のワカモノを守り抜いた憲法第9条に対して、通りすがりの外国人にすぎないわしは敬意を感じる。 人間ですらない、固い表現の愛想のない言葉の羅列にすぎないのに、なぜか人間への敬意と友愛に似たものを感じて、せめて、この
インターネットの空間の隅で「さよなら」と労(いたわ)りの言葉を述べたい

                                        と考える。(この項終り)

アメリが側にとっても意外な展開で、日本が自ら進んで平和憲法を捨てよう、ということになったので、一石二鳥、もっかアメリカは笑いを噛み殺しながら憲法改正に向かって行進しだした日本人たちを眺めているに違いない。 日本が「アジア最大の脅威」でなくなったいまの状況では、オーストラリア、ニュージーランドにとっても日本人が自国人の代わりに戦場で死んでくれることは「良いこと」なので、反対する理由がない。

その背景にはアフガニスタンやイラク、シリアの様相をみれば判るとおり、自分達の平和に脅威を与えるものが「政府」であるよりも原理主義的な集団であることが増えてきた、という安全保障上の変化がある。

たとえ今回憲法が改正されなくても、何度もごり押しして憲法を変えようとする日本人の「努力」は中国の強大化によって日本が以前ほど危険な戦争国家たりえなくなったいまの世界では、日本の傭兵国家化こそが世界の利益で、外交的にも、日本が平和憲法を無視し撤廃の方向に向かえば向かうほど、取り分けアジア諸国の日本への立場は強くなってゆく。

世界中の誰にとっても日本の憲法改正は歓迎なので、乏しいオカネをなぜか自分から世界中にばらまいてくれて嬉しい予想外の喜びに浸ったアベノミクスとおなじことで、なんでそんな自殺行為に似たことをするのかは理解できないが、ともかく歓迎する、というところでしょう。     (引用終り)


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