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『日本』をだれも信用しなくなる日が、すぐそこまで来ている。「日本万歳」のノーベル賞は30年以上前の業績について出される。このままだと、中国人ばかりになる日が来る。

 『悪事千里を走る』と言うように、「善行」はなかなか世間に広がらないが、悪い噂はたちまち広がってしまう。今の政府は「気が付かないで」それをやっている。というより、『日本の意見を発信すれば、世界がそれを受け入れてくれる』と思い込んでいる。日本語が特定社会(日本だけ)でしか伝わらぬのをいいことに、誤った認識を国民に与えている。もちろん、「第4の権力」である報道機関がこれを監視する必要があるのだが、『停波する』と言われて、全く腰が引けてしまっている。また「権力に迎合」するマスコミすらある。

 つい最近の「わさびずし」に関してのニュースがAFPで報道されたと書いたのだが、世界的な通信社が『日本政府』に対して疑問を持っている。それ以前に「未成年の買春」「捕鯨問題」「イルカ漁」「象牙市場」と立て続けに日本社会のとんでもない価値観が問われ続けていた時だけに、この件の反応もその延長上で起こっている。下に2〜3リンクしておいたので直接見られたらいいだろう。どんな反応を世界がしているか、実感できるだろう。国内では「悪意はなかった」「職人の技量が問題だった」などで済ませてしまったが、大阪のたった1軒のすし店で起きた事件だが「人種差別」となれば反応が違う。

                                 ỸU$ÛKĘ ỬÉDÅ ‏@yoox5135
シンガポールのストレートタイムズは 市場ずし のわさびヘイトクライムの件をAFPの記事を引用して報道。
タイのバンコクポストもAFPの記事を引用して 市場ずし のわさびヘイトクライムの件を報道。
香港のサウスチャイナモーニングポストも共同の記事を引用し 市場ずし の件を報道。
オーストリアのOÖNachrichtenも 市場ずし のわさびヘイトクライムの件を報道。
オーストリアではDie Presseも 市場ずし のわさびヘイトクライムを報道。
インドネシアのDetik newsも 市場ずし のわさびヘイトクライムの件を報じる。
市場ずし のわさびヘイトクライムの件を報じるマレーシアのマレーメール
香港の蘋果日報が報じる #市場ずし のわさびヘイトクライム。
ロシアのNewstesはRIAノーボスチ通信の記事を引用してこの件を報じている。
韓国の釜山日報はGoogle mapの 市場ずし の表記が「嫌韓わさび市場ずし」に変えられてしまったと報じた。                                        (引用終り)

      上に取り上げられた記事の一部 リンク → Detik news  Die Presse  Newstes  

 何度も同じことを書くことになるので、例によってJames F. 氏の『ガメ・オベールの日本語練習帳』より引用してみると…

                                          James F.
 そうこうしているうちに、日本で起きていることがだんだん他国にも知れ渡って、こういう「他国で起きていること」が世界の人間の常識に組み込まれていくのには、だいたい20年くらいかかるというが、それよりも少し早く伝播して、観ているとここ2,3年で

 急速に日本社会が平和主義から好戦的な伝統に帰ったこと、
 ハイテク社会が終わりを告げて完全にITから取り残されたこと、
 豊かだった社会が貧困の奈落に堕ちていきつつあること、
 国全体がまるごと人種差別的な国と化して韓国人と中国人が特に標的とされていること、

が「常識」として共有されだしている。 特にアジアの若い人のなかには、日本全体を憎悪と軽蔑の気持で観るひとが増えてきているように感じられる。

 こういう言わば文化のインフラとでも呼びたくなるようなことは、ゆっくりだが確実に一国の足下を掘り崩して、それが表面化する頃になると、その国にとって取り返しがつかないダメージになることには、たいした想像力はいらない。

 戦前の日本が良い例で、日露戦争後、おかしなことをやり続けて、30年代になると日本語人が述べることを信用する人間は世界に誰もいなかった。そのころも、いまとおなじで、第一、外交官が英語もフランス語もろくに話せないので、日米交渉にあたった人のメモワールやインタビューには「日本人の英語の不快さ」について触れたものが多くあって、なんだか戦争を始める前に日本の破滅が予定されていた事情が納得される。

 日本のおっちゃんたちの集団を組んでの個人攻撃と中傷の規模の大きさと執拗さを目撃した頃から、とっくの昔に日本の将来はダメだな、こりゃ、と思っていて、その頃から日本社会を批判するようなことは、めんどくさいからやめてしまった。それでも、うっかりほんとうのことを述べて、いっぱいヘンな人が来ることはいまでもあるが、日本語に興味はあっても日本の社会には興味がないので、また来たのか、よく飽きないね、くらいにしか感じられない。

 問題が山積されているのに、まず問題が存在することを認めるところで社会の全力を使い果たしてしまうような、いまの日本社会では、奈落へのヘルタースケルターを滑り落ちてゆくほかに未来があるとは思わない。ものの考え方が軍隊なみで、途方もなく反知性的なのだから、手の施しようがない。

 最近は日本の政府が発表する諸統計に疑義があがっている。昨日も防衛大臣が「白紙領収書には何ら問題はない」と言い切っていて、最近の「権力がある人間が言ったことが事実になる」日本の腐敗を端的に表していたが、 首相が成功だと言っているのだからアベノミクスが成功であったり、日本は経済が回復して豊かになったと政府が言っているから日本の経済はすでに(十分ではないが)恢復したのだという「事実」をいくらつみかさねても、言葉だけで出来たケーキを食べるわけにはいかないだろう。(引用終り)

異常な日本の論文数のカーブ

                                     nasastar ‏@nasastar
白紙の領収書問題。普通に考えたら、脱税だし、組織ぐるみで常態化してたら、さらにやばい話になりそうで、どうやっても擁護できる話とは思えないのだが、どうなるんでしょうか? 内閣総辞職とかそういうレベルではなく、政党としての存続可能かどうかという話だと思うけどね。   (引用終り)

 白紙の領収書問題が『外電』によって世界に伝えられ、かつ「そのこと」で内閣が倒れないとなると、そんな国はJames F. 氏ではないが『だれも信用しない国』となるだろう。一国民として、世界に知られたくない「恥部」である。今の状況を見ると、「安倍政権の白紙領収書は『良い白紙領収書』」と言うことでシャンシャンで終わりそうである。豊洲市場と違って、全く「マスコミも腰が引けたまま」のようだ。自民議員の多くが「白紙領収書」をお互いに切っているという。国会答弁で高市総務相は「政治資金規正法に発行者が領収書に日付や金額や相手先を書けと言う文言がないから合法だ。」と答弁した。

高市早苗総務相 個別の事案については、具体の事実関係に即して判断されるべきものですから、いま先生がお挙げになった事例について一つひとつ政治資金規正法上の問題の有無についてのコメントは困難ですが、一般論として申し上げますと、政治資金規正法上、国会議員関係政治団体はすべての支出について、当該支出の目的、金額、年月日を記載した領収書、その他の支出を証すべき書面を徴さなければならない。入手しなければならないということです。なお、領収書の発行側の作成方法についての規定はございません。法律上、ございません。

 なにしろ、「憲法に核兵器を持ってはいけないと書いてないので、核兵器を持つことは違憲ではない。」「憲法に先制攻撃をしてはいけないと書いてないのだから『先制攻撃』できる」という法解釈をする内閣であるから、この程度のことはシャーシャーと言ってのける。この『神演説』も賛同者がいっぱい湧いているのだろう… こんな国家をだれが信頼するのだろうか。

 例によって「ノーベル賞の授賞者」にお祝いの電話を安倍総理がしたことをニュースが伝えた。昨年はインタビューの途中でかかってきた安倍総理からの電話に『あとでこちらから掛ける』と袖にされたが、今年は事前の対策がうまくいったのか、大隅良典氏と電話がつながった。なんにでもよく出たがる。しかし、この大隅氏は「日本人は人と同じことをして安心するが、人と違ったことをやれる勇気を持て」と言い、基礎科学の研究に対して「国が資金を出さなくなっている」事への危機感を述べている。

 上にグラフは小さくなったが『世界各国が出している論文数』の推移を示すグラフがある。ご覧のように世界の中で唯一、「論文が減少」しているのだ。中国や韓国には勝っているように見えるが、米国と中国は右軸の目盛りであるので、中国は日本の3倍程度の論文数と言うことになる。ノーベル賞は30〜40年前の業績に対して贈られるのが通例だから、20〜30年後には「アジアからは中国人ばかり」という時代になるだろう。先軍政治をだれも望んでいないのだ…一隻1400億円のイージス艦が何隻必要なのか、「賞をもらった」時だけ、ちやほやしても…だれでもそう思うだろう。

                                    日刊工業新聞  10月5日
 2016年のノーベル生理学医学賞の受賞が決まった東京工業大学の大隅良典栄誉教授は4日、日刊工業新聞の単独インタビューに応じ、日本の科学技術力の底上げに向け「社会全体で基礎研究を支える仕組みが必要だ」と語った。 大隅栄誉教授は、細胞のオートファジー(自食作用)という基礎研究分野での受賞について「基礎研究だけで良いわけではないが、基礎研究がないと新しい進歩はない」と重要性を説明。国の研究開発の方向性が実用化を想定した出口戦略重視へと移りつつある中で「応用研究と同じ価値判断で評価されると、基礎研究は非常につまらないものになってしまう。基礎研究は先が分からないから面白い」と強調した。

 さらに「年間100万円のお金があれば、やりたいことをやれる研究者が日本にはたくさんいる。言葉は悪いが、もう少し研究費をばらまいてほしい」と国に要望。「小さな芽をたくさん育てなければ、大きなとんがった成果は生まれない。日本の国力なら十分できるはずだ」と語った。
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