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さむ課すんの発火事件、中国の「有人ロケット成功」のニュース、いずれもが「中韓非難」のニュースに変わってしまう今の日本社会

 「産経新聞」や「読売テレビ」の読者、視聴者が『泣いて喜ぶ』ような事件が起こった。サムスンの製品が発火することで、世界中でリコールが行われた。もちろん、産経系、フジ系の報道機関は「そら見たことか」と報道したが、日本は蚊帳の外(サムスンの名を冠した製品は日本では売られていない)であるので、関心は低いだろう。

 ネットではこんな風に語られるわけだ。何で「中国製」をわざわざ言う必要があるのか、ご自分のスマホも「made in china」と書いてあるだろうに…、まさに『溜飲を下げる』だけで書かれていく記事である。

昔から、韓国製・中国製のバッテリーに気をつけろ!と言われ続けていたはずですが・・・?充電中に爆発・発火するのは日常茶飯事。日本のマスコミでは、「Galaxy Note 7爆発」に関してほとんど報道せず。

 とは言っても、この件で『サムスン』のブランドイメージは大きく傷つくだろうと思う。『スマホ』だけでなく、同様の電池が入っている『洗濯機』などでも、、出火事故が起こっていると言う。 いずれも「リチウム電池」である。

 日本では『韓国製・中国製のバッテリーに気をつけろ』などと平気で書くが、諸外国から見れば、一昔前は「日本のパソコンはバッテリーに気を付けろ」だったはずである。こういう記事でも一言、「日本にもそういう時代があった」ことを書いておけば印象は全く変わるのだが、なぜか知らぬが「韓国、中国の専売特許で、わが日本民族はそのようなことはしていない。」と言うような書き方になる。何とも『恥ずかしい限り』である。  --下の記事は日経ビジネス 引用 --

 リコール関連でいえば、モバイル用LIBをセットメーカーに供給していた三洋電機、ソニーが大リコールを経験した。ソニーに関しては06年8月、米デルがノートPCに搭載したソニーのLIBを400万台以上の規模でリコールしたことで大騒ぎとなった。過熱に伴う発火事例が何回も発生したためであった。

 この事故はデルに留まらず、米ヒューレット・パッカード、米アップル、中国レノボ、東芝、富士通にまで飛び火し、同年10月までにソニーのLIBパックのリコール数は960万セットと膨大な数量に及んだ。


 ソニーもご存じのようにかつての勢いはない。こういうリコールは財政的にも長期にわたり影響するのだろう。その間に「起死回生のヒット商品」でも生まれれば別だが、10年後には「サムスン」は勢いを失っているかもしれないが、それは『韓国』だけの現象でないことを日本人は知っているはずである。

 私の考えではスルーするのではないかと思えた『中国の有人飛行船打ち上げ』成功のニュースがけっこうな時間を使って報じられた。最初は当たり前の内容だったが、「軍主導」で「飛行士は軍人」であり、「軍事力の強化が日本の脅威になる」と話を進めた。

 アホか、ロシアでも、アメリカでも最初は軍主導で、飛行士は軍人だったではないか、成功を保証できる程度になって初めて民間人を載せてきた歴史を何も言わない。最後に『日本の宇宙技術は民生用ですから…』などと説明をする。日本の軍事偵察衛星が何基軌道を回っているのか、当然知っているだろう方であるのだが…。一般に関心の薄い国民層なら「ひまわり」などの気象衛星や通信衛星などしか知らないだろうが、その性能は『技術力』の問題もあってパッとしないらしいが、24時間監視体制を敷けるだけの偵察衛星を民間衛星と共に(気象衛星などと一緒に)打ち上げているではないか。

 何の報道であれ、このように「中韓」を非難し、脅威をあおり続けているので、そりゃ、9割以上の国民が「中韓」を好意的に思わなくなるはずで、私がここに書いたようなことをサラリと付け加えるだけで、ずいぶんと印象は違ったものになるだろう。それはそうと、ヨーロッパなどの宇宙飛行士たちは『中国語』を勉強し始めたのだそうだ。間もなく、宇宙開発は「中国の独占」となる。アメリカは今までの計画に中国の参入を拒んだ経緯があるので、中国の計画に参加することはできまい。日本もここ10年間にわたる中国への対処から見て、参加するまいから、アラブやアフリカ、ヨーロッパ、南米の人々から、これからは「宇宙飛行士」が生まれるだろう。これも、時の移り変わりである。

 さて、プーチン大統領の来日はありそうである。もちろん、言われているような「二島返還」は、ラブロフ外相の発言(日本はポツダム宣言を読んで発言せよ。)から見てとてもあり得ないが、嘘か誠かは分からぬが、「森元総理」が言ったという10兆円で買えばよい、と言うのなら、ひょっとするとあるかもしれない。

 どう見ても割の合わない条件を日本が認めれば…の話である。もちろん、沖縄返還時と同様、「すべてをオープンにすると政権が持たない」ので、得意の『密約』とし、日本側ではその書類はすぐに『紛失』しておけば証拠は残らない。来日すれば、「経済協力」と「平和条約の締結」は大いに前進がみられるだろう。まあ、原発の廃炉と保証で20兆円だ、30兆円だ、オリンピックで3兆円だ、という話題の飛び交う日本社会であるので、10兆円程度は「どこにでも潜り込ませることのできる金額」であろう。

 こういう『政権』を多数の貧困層の人々も支持をしている。富裕層は今までも何かと「利益の出る政策」(新型車の免税や株価の維持など)を打ってもらって財産を増やしてきているのだから、彼らが支持するのは分かるが、なぜ「貧困層」が支持するのかわからなかったが、『失われた20年インタビュー(毎日新聞)』で 作家の雨宮処凛さんがこんな風に答えている。

                         『失われた20年インタビュー(毎日新聞)』引用
 −−雨宮さんがフリーターになったいきさつを教えてください。
 雨宮さん 美大に進学したくて1993年に東京に出てきて、美大専門の予備校に行きました。バブル崩壊は何となく知ってたけど、東京に出た時はまだジュリアナ・ブームのような感じで、すごいバブルっぽい雰囲気がありました。94年に進学を諦めたんですが、その時に「就職氷河期」といわれていて、どうしたら就職できるかわからないし、まあアルバイトを始めようと思いました。実際に始めると、時給はどんどん下がっていって、バイト先でも「すごく悪い時にフリーターになったね」って言われましたね。

  始めて半年ぐらいたったら、もう、これ絶対逃れられないんだなっていうのに気づきましたね。アルバイトだから風邪で一回休んだだけで家賃を滞納してしまったり、ガスや電気が止まったりするので、そのたびに親に電話し、泣きついてお金を借りていましたので。もう正社員にはほぼなれないし、なり方もわからないし。綱渡りの生活をしていた。

 世の中では自由でいたくてやっているフリーターというイメージがすごく強かったけど、自分たちはまったく自由だと思わなかったですね。 私は甘えているからこういう生活なんだろう、何かが自分に足りないからこうなってるんだって思ってました。社会が悪いとは一切思わなかったです。バイトもしょっちゅうクビになるんです。本当は違法な解雇だったりするんですけど、当時は人格否定されたように思っていました。単純な仕事をクビになると結構きついんです。本当に誰にもできる、クソつまらないような仕事でさえ必要とされないというのは、一番底辺から蹴り落とされるようなところがありました。

 私は一時期、右翼団体に入っていました。飲食店で働いていると、日本人のフリーターに比べて韓国人のほうが時給は安いのに働き者だから取り換えたいとか、そういうことを言われるんですよ。「自分は日本の底辺にいて、外国人労働者とまったく変わらない。もし外国人労働者と自分を区別するものがあるなら、それって日本人であることしかない」みたいな、過剰に日本人であるってことにすがっていきました。

 フリーターとして東京で1人暮らしをしていると、職場がなかったり、職場があってもしょっちゅうクビになったりするので、そこに帰属意識が持てないし、職場が変わるので友達もできない。学校にいけない、企業社会にも入れない、もちろん地域社会もない、どこにも居場所がなくて。そうなると、もう一気に国家しか居場所がないような感覚がありました。

 教育にうそをつかれたっていう被害者意識があったので、学校で教えてくれない靖国史観的なものが、自分の中にストンと入ってきた。私が入っていた右翼団体には同じような人が入っていました。

 私を唯一必要としてくれる居場所でしたが、自分たちの苦しい現実から目をそらすために、アメリカがどうとか、そんな大きな話をしていた。自分たちの生活を何とかしようとか、自分たちの労働や生活の状況を問題にするということは一切なかったですね。逆に言うと、自分たちは日本人で恵まれているんだということを再確認し合う会話がずーっと続くというような、そんな感じでした。

−−今から考えると、どういうことだったんでしょう?

 お前は悪くないよって誰かに言ってほしかったんですね。右翼の大人は、今の世の中で若者が鬱屈して生きづらいのは、日本国憲法が押し付け憲法だから悪い、アメリカと戦後民主主義が悪いと説明するんですが、その意味がわからなくても、自分が悪いと思わなくていいというところで自分の生きづらさをごまかすことができた。それではまりました。

−−右翼をやめたのはどうしてですか。

 私、そのころ総理大臣の名前も知らないくらいの大ばかだったんですけど、右翼の人が時事問題から何から教えてくれました。でも、ある程度物事がわかってきて自分の頭で考えるようになったら、私は全然、右翼じゃないな、右翼の人の言っていることは自分の考えとは違うなと思うようになり、やめました。                             (引用終り)
              全文リンク →  『失われた20年インタビュー(毎日新聞)』 

 本文は「格差社会と貧困」について書いてあるので、リンク先を見ていただきたいわけだが、ここではなぜ「若者が右翼思想にハマるのか」、雨宮さんはご自分の体験から上のように述べている。私の意見などはどうでもよいわけだが、自分で考えてみて、納得し、その方面から離れるのが一番ではある。ただこういう「雨宮さん」のような方は『例外的』にしか日本には存在しない。同庁圧力の社会の中で、「日本万歳」を叫び続ける人の方が多かろう。
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