対米外交がうまくいっている、と必死で伝えるテレビを見ながら、「世界の注目を一身に浴びる日本人」の番組の異様さに気が付く。

 『フライング』ではないのか、そう『戒める』報道機関はないのか、と感想を述べた『安倍、トランプ会談』は、現在のアメリカ政府から不評を買った、不快にしたようだ。いや、この論調では国民に伝わらないだろう。はっきり、反感を買い、軽蔑された。『自分さえ良ければ良いという日本』の印象を持たれたと言っても過言ではあるまい。国際会議の席で、下の写真のようなポーズが世界に流れることはさほどあるまい。まずは「儀礼的に握手のポーズ」がふつうである。

 報道写真と言うものは何百枚、何千枚の中から、そのニュースをもっとも端的に表す写真を使用する。ロイターが昨日用いた「日ロ外相会談」の写真(右下)もそういうものであるし、ペルーでのオバマ、安倍の様子を表す左下の写真もそうである。日米、日ロはうまくいっていないことを世界が知ることになる。

     最後の最後まで袖にされた

                                   2016年12月5日 東京新聞
 安倍晋三首相が米ニューヨークで11月中旬に行ったトランプ次期大統領との会談に関し、米政府が事前に「トランプ氏はまだ大統領ではない。前例のないことはしないでほしい」と強い異議を日本政府に伝えていたことが分かった。日本側は、会談は非公式でトランプ氏提案の夕食会は見送るとして理解を求めた。しかし、米側は納得せず、ペルーでの国際会議に合わせて調整していたオバマ大統領との首脳会談は実現せず、立ち話にとどまった。日米外交筋が4日、明らかにした。 首相の外交姿勢に対するオバマ米政権の不快感が明らかになった形だ。

 今頃こんなニュースが片隅に小さく報道されたところで、国内に発した「トランプ、安倍会談成功」という10枚の写真と政府発表の記事は国民に深く浸透している。北方領土と同様、そのうち「ト」の字も言わなくなると思うが、こういう失敗への追及がないのだから、長期政権となっているだけだ。韓国を揺るがす「朴政権」位の出来事なら、菅官房長官が「問題ない」といい、高石総務大臣が「違法とまでは言えない」と言えば済む。検察も動かない。なにしろ、「大臣室で札束を内ポケットに」入れても、「白紙領収書を切りあって」も、違法とまでは言えないらしいのだから…

 いやいや、こんなことを書いている間に『テレビで臨時ニュース』が流れた。「安倍首相が…」と言うから、退陣するのかと思いきや、「12月末にハワイの真珠湾を訪問し、オバマ氏と会談する」というのだ。まだ20日も先の話であり、ただ、会談するだけではないか。これが『臨時ニュース』で流さねばならぬほど、緊急を要したのか、はてまた国民に多大な影響があるのか、最近「テレビ」がくるっていると言うが、通常のニュースで流せば十分な情報だろうに、あまりにも「ビビリ」過ぎている。

 行く目的は「慰霊」であって、謝罪や反省ではない、と菅官房長官が述べた。日本と戦って戦死した「他国の兵士」を慰霊して回るとなると、この先いくら金があっても足るまい。伊具帰ところも無数にある。本当に「オバマ氏」とそういうことで合意したのか、また「ロシアとの会談」のように、相手側から「グゥーの音も出ない反論」を聞かされることだけはあってほしくないのだが…

 「憲法に核兵器所有の禁止が書かれていないので、核兵器を持つことができる。」というような恐ろしい内閣法制局を持つ今日の日本であるから、なんでも有りなのだが、『尖閣諸島の領有権棚上げ合意』も、その手で通そうとしているようだ。なにしろ『日本の領土は戦後我々が決定する。』『我々が満足する政府ができるまで連合国は日本に駐留する。』そんなポツダム宣言を受諾しておいて、『日本政府は降伏していない。したのは日本軍だけだ。』というような「論理」を振り回す日本会議一派の内閣である。

 例によって「日本会議派」はこの問題をその時点だけで取り上げるが、田中内閣が「日中国交回復」を図ったのは今回と同様『キッシンジャー氏』による秘密外交で、突然『ニクソン大統領の訪中』『中国の承認』という「頭越し外交(と当時言われた)」で、日本は急きょ「中国と国交回復」を迫られたからだ。中国とのパイプを探し、かつ事前に外交交渉を積み重ねるでもなく『国交』を結ぶ必要に迫られていた。ほかのことはともかく、田中首相の頭には「戦後賠償をいくら要求されるか」、それだけが問題だった。

 日清戦争の時、朝鮮で始まった戦争は8か月で日本優位のうちに講和条約を結ぶことになった。--こんな風に書くと「日中戦争」の話とは別だ、と言うものがいるが、住んでいる人々が同じである以上、この時の思い出は心の中にあり、この時どうだったかを検証することなしに話をすること自体に無理がある。--いわゆる『下関条約』である。日本人の半分くらいが「自虐史観だ」と信じ込まされている「歴史教科書」にこれらは何と書かれているか、皆さんも進学のために暗記させられたであろう。ちょっと思い出していただくために「教科書レベル」で書いてみると…

日清戦争の講和条約。1895年4月17日,日本側は伊藤博文,陸奥宗光,清国側は李鴻章,李経方を全権とし,下関の春帆楼の会談により調印され,5月8日発効した。この条約により,
(1)清国は朝鮮が完全無欠な独立自主の国であることを確認する,
(2)遼東半島,澎湖島,台湾を日本に割譲し,
(3)軍費賠償金として庫平銀2億テール(邦貨約3億円)を支払う,
(4)沙市・重慶・蘇州・杭州の開市と,開市・開港地における製造業従事権の承認,
(5)日清修好条約をヨーロッパ諸国と同じ条件で結ぶことを定めた。…… こんなことになる。

諸外国並みに「日本に都合よく」書かれている。まず、日本はこの会談の段階では停戦する気はなかった。澎湖島,台湾は絶対に植民地として手に入れたい。講和会議開始段階では、日本軍がまだ、上陸もしていない同地域であったので、長引かせるように過大な要求を突き付けていた。ところが日本が用意した宿舎から会議の場所である春帆楼に行く途中の道で、県会議員の息子によって、李鴻章はピストルで顔面を狙撃された。運よく頬骨で弾が止まって、死には至らなかったが、会談は中止された。日本側は西欧諸国からの非難を恐れて、講和に踏み切ったのだが、「澎湖島,台湾の植民地」は絶対に譲らなかった。(賠償金は10億両を当初要求したと言う。)

よくこの条約は「韓国」にたいし、いかにも日本が韓国を独立させてやったかのように書かれることが多いが、当時の日本国内の論調から見て、日本の植民地にするために「清」に手をひかせた、と言うことは『カルト宗教信者』以外、異論のないところである。 この戦争の目的は、「日本列島ののど元に突き付けられたナイフ」という形容でいわれていた「朝鮮半島』をゆくゆくは日本領にするということであり、そればかりか、バイカル湖あたりまで日本領にしないと本土は守れない、と主張する東大教授などが多数いた世の中だった。

学校で教える表面だけの歴史であっても、あまりにも不誠実ではないかと思えるのが「賠償金」に関してである。「この賠償金をもとに、日本は八幡製鉄所を作り、近代化への礎を確立しました。…」などとあるのが普通だ。だから私も学生時代は「中国は銀貨で支払った。」と思っていた。ところが実際は『イギリスのポンド金貨で支払え』と日本は要求したのである。「日本会議的」には、合意したのだから「問題はない」と言うかもしれないが、女の人を5、6人で取り囲み「おとなしくしないと、どうなるかわかっているだろうな。黙って言うことを聞くか。」と言って相手がうなづいたから、犯罪ではないというようなもので、当時の力関係から言って、到底拒否できるものではなかったのだから、同情はどちらに集まるか、考えるまでもない。

 1テール=37.3gの銀であり2億両で746万kg相当の銀払いと言うことになる。その後の三国干渉による遼東半島の代償として3000万両(111.9万kg)を上乗せして合計857.9万kg(当時価格で日本の国家予算8000万円の4倍強の3億6000万円前後)以上の銀を日本は清国に対して3年分割で英ポンド金貨で支払わせた。日本はこれをロンドンの日本銀行に蓄え、これを証拠金として金本位制を確立し、また外国からの資金を容易に借り入れることができるようになった。八幡製鉄所に直接使用したわけではない。一方賠償金の支払いは清国にとって大きな負担になった。敗戦国に、それも担保なしに好条件で貸す国など、どこにもない。結果として「ポンド金貨」を借り入れるために、清国は更に列強によって食いつぶされていく。

財政規模1億両の清国が日本に支払った賠償金額は 2億3150万両、そのために1895年に 露仏借款 4億フラン(1582万ポンド)、1896年に 第1次英独借款 1600万ポンド、1898年 第2次英独借款 1600万ポンドを借り入れた。期間8か月、戦死者1万3千500人の戦いでの領土要求、賠償金の要求としてはあまりにも過大ではなかったのか、考えねばなるまい。教科書も、ある程度「その点」を指摘しておくべきだろう。最近の「反中世論」を見ていると、自分たちの祖先がしたことをあまりにも無視している気がする。


        史料徹底検証 尖閣領有 あとがき
                              村田 忠禧(横浜国立大学名誉教授)
1978年8月の日中平和友好条約締結交渉の会談記録のうち、尖閣諸島問題に関する部分のみ、会談記録が公開されていないとのこと。しかし園田直・外相や杉本信行・元上海総領事の記録等から、両国間で尖閣・釣魚島問題が話されたことは間違いなく、会談記録が存在しないはずがない。会談記録の開示を請求しても、外務省は「存在しない」の一点張り。開示を拒む外務省の不当な対応を、静かな口調ながらはっきりと指摘する石井明東京大学名誉教授の報告は印象的であった。

 2014年が終わろうとする12月31日、これに関連するビッグニュースがロンドンから届いた。NHKはニュースでイギリス公文書館の記録画像を映しながら以下のように報道した。
「尖閣は現状維持で合意」機密解除の英記録
 沖縄県の尖閣諸島を巡り、昭和57〔1982〕年、当時の鈴木善幸総理大臣がイギリスのサッチャー首相と会談した際、「中国との間で現状を維持することで合意し、問題は実質的に棚上げされたとサッチャー首相に伝えた」とイギリス側が記録していたことが明らかになりました。

 これは昭和57〔1982〕年9月に当時の鈴木善幸総理大臣が来日したサッチャー首相と会談した際の内容をイギリス政府が記録したもので30日、機密解除されました。それによりますと、鈴木総理大臣は沖縄県の尖閣諸島について、みずからが中国の当時の最高実力者鄧小平氏と会談した経験を紹介し、「日中両政府は大きな共通の利益に基づいて協力し、詳細についての違いはひとまず触れないことで一致したと伝えた」としています。  そして、記録は「鈴木総理大臣は、その結果、問題を具体的に取り上げることなく現状を維持することで合意し、実質的に棚上げされたとサッチャー首相に伝えた」としています。

 当時、サッチャー首相はイギリス領だった香港の将来の統治の在り方について中国側と本格的な話し合いに臨もうとしており、鈴木総理大臣は、鄧小平氏との直接対話を勧めたということです。  日本政府は尖閣諸島に関して、わが国固有の領土であり、解決すべき領有権問題は存在せず、中国との間で「棚上げ」や「現状維持」で合意した事実もないという立場を一貫して示しています。


外務省外交史料館書庫には「サッチャー英国首相夫妻訪日(公賓)」という件名で欧州局西欧課が作成した2冊の簿冊が保存されている。その管理番号は2014-0824と2014-0825である。

「尖閣諸島を巡って中国側と『棚上げ』することで合意したという事実はない。尖閣諸島は、歴史的にも国際法上もわが国固有の領土であるという日本政府の立場に変わりはない」とお決まりの回答でその場をしのいでいる。鈴木元首相が日本政府の立場に違反する内容をサッチャー首相に伝えたとでもいうのだろうか。そのような発言を、公正さを装って報道するNHKの姿勢も問題である。

筆者は1月5日に外務省外交史料館にこの件に関する日本側記録を閲覧することについての問い合わせをした。利用制限区分が「要審査」となっているからである。すると「個人情報」やら「警備情報」が含まれる恐れがあり、しかも案件が非常に多いため、審査に10カ月も時間を要するとのこと。公賓として日本を訪れたイギリス首相との日本の首相の会談は公的活動であり、公開すべきものであるし、警備情報などには関心がない。イギリス政府が公開した記録と日本政府の記録とを比較したいのだ、と説明しても頑として受け付けない。いくら話しても埒が明かない。

 共同通信は専門家の解説として矢吹晋・横浜市立大学名誉教授の話を紹介している。

 外国首脳にまで尖閣諸島をめぐる問題を『棚上げした』との認識を首相自身が伝えているのは日中関係において『棚上げ』の存在が当時、常識だったことを裏付けている。鄧小平氏が1978年に日本で記者会見し、尖閣について日中間で触れないことで合意したと明らかにした際に、日本は特に反論しておらず、異論がなかったと国際的に受け止められても仕方がない。日本政府が現在『棚上げはなかった』などと主張しているのは無理がある。日本政府は事実を認めた上で、日中関係の改善を図るべきだ。(引用終り)

                                           milkyway
安倍まんせーのTVとかと、外国の報道の原文を見ると、まるで意味が違っていることが、安倍になってから、とみに多い。

                                          山崎 雅弘
今テレビをつけてチャンネルを変えていたら「世界が驚いた! 日本人の思いやりスペシャル」「世界の日本人妻は見た! スペシャル」「世界の村で発見! こんなところに日本人 2時間スペシャル」を3つのテレビ局が同時に放送していた。日本人日本人と連呼する番組ばかりになっている。気持ち悪い。


 
スポンサーサイト