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【日本という国】  関空や神戸市の浸水を大問題と捉えない日本という国。後々、「平成の海進」と名づけられるかもしれない、温暖化と海面上昇

 大型の台風が室戸岬から関西に上陸した。関空は水浸しになり、大勢の旅行客が救助を待っている。それ以外にも強風で被害があったようだが、まだ、全貌ははっきりしない。どうも、『台風は自己責任』らしく、国全体でどうこうしようというような話は聞かない。

 関西を襲った今回の台風と同様の台風に「室戸台風」があり、その程度には耐えうる対策はしてあるという。それでも「関空」「神戸市」が浸水の被害にあったという事は、台風による「吸い上げ効果」、「吹き寄せ効果」が重なったにしても、疑問が残る。

 基準となる海水面が高くなっているのではないのか。前回『縄文時代』の話を書いたが、そこで「縄文海進」を取り上げた。諸説いろいろであるが、海面は今より「2メートルから7メートル高かった」という。そう聞くと、誰でも海面の上昇を感じられるはずという先入観が働いてしまうが、縄文時代の話の単位は千年から数千年という大雑把な話なのである。

 昨日より海面が2メートルも違えば誰にでもわかることだが、よく読んでみると「毎年4、5センチずつ上昇する」ような変化を百年続ければ、4,5メートルの上昇になるわけだ。だから、ここ最近、海面が上昇しだしたとしても、何十センチの範囲であり、その上、海には干満の差があり、始終波が打ち寄せている。10センチ、20センチでは、一般人にはわかるまい。

縄文時代早期(約8000年前)
 
 上の地図は縄文時代の大阪平野と関東平野の海岸線を描いたものである。45億年という地球の歴史から見れば、つい最近のことである。これほどの海面上昇なら世界各地にも記録に残っていると誰しも思うだろう。--私だけかな。-- ところが、海面上昇はその土地を基準にしたもので、このときの北半球で溶けた氷床(氷河など)があった土地では、軽くなった分陸地が隆起した、それも海面の上昇速度を越える隆起であったという。ということは、ある地域では海面が下がったことになる。そういう複雑な物だと言う。

                               2014/7/8付 日本経済新聞
上町台地を除く大阪平野の大部分が、縄文時代に海だったことは知られている。1万2000年ほど前に直近の氷期が終わり、縄文海進と呼ばれる海水面上昇に見舞われた。6000年前の海面は最も寒かった2万年前より120~130メートル高くなったとされる。陸続きだった四国や淡路島は海で隔てられた。

 氷河期はなぜ終わったのか。大阪市立大の三田村宗樹教授は「地球の気候が変わる主な要因は3つある」という。まず地球の公転軌道が10万年周期で円になったり楕円になったりしており、日射量が変化する。次に4万年周期で地軸の傾きが変化している。最後に2万3000年周期で地軸がコマのような首振り(歳差)運動をしている。この組み合わせで「今は温暖化したピークにいる」という。

 東京大学大気海洋研究所の横山祐典准教授は「日本列島が2メートルぐらい隆起した」と話す。地球はサッカーボールのようなもので、外からの力で変形するという。氷河が解ける過程で、高緯度の陸地ほど重しがなくなり激しく隆起した。「アイソスタシー」と呼ばれる地殻均衡の理論だ。堆積物や地震なら地域差が出るが、アイソスタシーだから関東平野も同じように陸地化した。

 長い年月の隆起で、大阪平野を覆っていた「河内湾」は「河内潟」そして「河内湖」になり、面積を小さくしていった。とはいえ、大阪平野が「水浸し」だったのはさほど昔のことではない。江戸時代でも大阪平野東部には池や湿地が点在していた。


 「温暖化」が起きているのは事実だろう。それが二酸化炭素によるものか、地球の運動によるものかは別として、氷河が短くなったり、北極圏で氷が解けているのは事実である。そうであれば、海水そのものの量は年々増えており、海面の上昇は避けられない。今までは持ちこたえた施設も、今後も大丈夫とはいえまい。大都市圏がいずれも海岸部にあり、ほんの少し前までは海面下であった事を考えると、誰も騒がない『海面上昇』だが、百年単位で見てみると数メートルに達するかもしれないのだ。

関空浸水1
    海との境目がわからなくなった『神戸港 コンテナバース』 『関西国際空港』

 今から数千年後に「平成の海進」などと呼ばれているかもしれない。後で振り返ってみれば、「ああ、あれがサインだったな」と思えることがある。そんな風に「関空浸水」の報道を私は見ている。
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