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将棋の国日本と実験国家アメリカ その1

 将棋は日本独特のゲームであるらしい。特に、相手の駒をとって自軍の駒として利用できることは、ほとんど他に例を見ないとのことだ。

 チェスなど、はじめからキリスト教とイスラム教のように白黒で塗り分けているのだから、出来るはずも無いが、相手の駒を自分の駒として利用することは日本独特の考えらしい。相手陣内に入ると、突然強くなる「成金」などは、世界の中でどの程度行われているのだろう。

 将棋を知らなくても、そのルールを習うときに「違和感なく」学べる日本人は、世界でも特殊な存在らしい。外国の人にこのルールを説明することは、なかなか難しいとかなり前に読んだことがある。

 確かに、世界の情勢を見てみると、敵将を採ってきてすぐさま反撃の要としてそれを使うなど有りえない、敵将を捕まえれば「その人」はもちろん、一族郎党を皆殺しにするのが一般であるのだから。

 考えの根本ーーー宗教が違う。そしてこれは一朝一夕では覆すことは出来ない。そういう長い歴史がある。

 しかし、日本にはその「歴史」が、幸か不幸かない。これも日本が世界の中で特殊な状況でいられる一因であろう。

 もう一カ国、世界の中で特殊な国がある。それが「アメリカ合衆国」である。

 江戸時代、ヨーロッパの国々が「移民」を送り込み、先住民を追い出して、作り上げた国である。
 歴史は、まだ数百年と浅いにもかかわらず、世界の覇者として振舞っている。

 この国は、あらゆる面で「実験国家」である。歴史が短い分、色々なしがらみが無く、あらゆることが出来るように思える。そして、この国を「日本の民衆」はとても好意的に思っている。

 アメリカの開拓時代の映画を見ると、そのことは良く分かるが、馬車に荷を乗せた一家が新天地を求めて移動していき、そこで一攫千金を狙って、鉱山やら、油田、またはその労働者を相手に商売する店を構えていく。ここでは、何百年、何千年と言う歴史のないぶん、ほとんどの人が身一つで出発していく。その中から、運も良く、才能もあり、努力したものが栄光を握っていく。いわゆるアメリカンドリームを実現していくのである。

 しかし、100年、200年たつと貧富の差は次第に大きくなり、すでに決まった地位と名誉と財産を受け継ぐものが優位になっていくのは仕方がない。アメリカの指導層は貧困者にアメリカンドリームを見せ続けなければ、反乱がおきると考えた。この国の赤狩りは徹底している。今だに共産主義の本が無いのではないか。(最近のことは知らないが)

 そこで彼らは何をやったか。これは私見である。あのバカ高いスポーツ選手の年俸は人種政策、貧民対策以外の何者でもないと思っている。西武の松坂投手に120億円を支払う。どう考えても異常である。アメリカ国民はこれを異常とは思っていないのであろう。、バスケット選手であれ、野球選手であれ、なぜあれほどの高給をなぜ支払うのか。

 不満の渦巻く黒人層、勝ち組になれなかった白人層、そして、次々に入ってくる移民。

 一部の白人(最近では有色人種もわずかではあるが入っているが)だけがアメリカの富を握っていることに対して起こしかねない反乱を阻止しているのが、この高給の根本にある。

 アメリカは格差の激しい国である。日本でよく知られるホームドラマは本当に上位3%程度のアメリカの富裕層の話で、90パーセント以上が苦しい生活を余儀なくされている。

 この下層階級へ向けての国の公共事業がアメリカでは「戦争」と言われている。911テロ以降、アメリカが戦争に使った金額は65兆円を越えるのである。毎年、次々と戦争をし続ける。公共事業なのだから止めるわけにはいかないが、これはアメリカに何ももたらさない。石油利権などの上流階級への贈り物はともかくだ。

 ちょっとデーターの探し方が分からないが、戦争後の補償[例えば遺族手当て、傷病手当、後遺症]など、今は眼に見えないが、そのうちどっとアメリカ人の肩の上にのしかかって来るのではないだろうか。

 日本はと言うと、公共事業というと「道路」である。アメリカに比べれば可愛いものである。
 全国、立派な道路だらけである。もう昔の話になるが、魚釣りに行くときは地図で行き止まりの場所を探して行っていた。行き止まりであるから、交通量は少ない、人が余り来ない、だから魚影が濃い、魚がウジャウジャいるという単純な発想なのだが、まあ、そのとおりになるから行き止まりを探していた。

 そういう場所に行くにも、ちゃんと国道がある。3××号線など3ケタの国道である。地図で見てここだと思って走っていっても、そのうち舗装も無い砂利道となり、ついには離合すら出来ない山道となっていく。
 間違えたかなぁ、不安はよぎるが、しばらくその道を行くと路肩に錆び付いた国道標識を見つけてほっとしたものである。

 それが、数年たっていってみると、何と2車線の道路がでんと出来ており、山の中腹をトンネルが通っているのである。所要時間が出来る前が40分程度であったのが、その道なら20分はかからないようになってしまった。これでは、誰でも釣り場にいけるようになるから、魚は少なくなり、私のようなサンデー釣り師は、用がなくなってしまう。

 ところで、そのトンネルが問題で、ナトリウムランプがオレンジ色にさんさんと輝いている。トンネルを出たところにある集落は100戸足らずの小さな集落である。1日にこの道を何台の自動車が通るだろう。しかし、無料である。当たり前ではあるが、

 話が変な方向に行ってしまうが、民主党のマニフェストで「高速道路の無料化」が問題になる。利用者負担の原則などと解説者がのたまっているが、このトンネルなどそんな決まりで考えたら通行料は1万円取っても黒字にはならないだろう。永久に赤字、金利分も出ないと言う結果になる。

 道路は無料でかまわない、橋だってそうだ。その橋を利用しない日本人のほうが多い。だから、税金を払わぬとは言えぬ。高速道路が無料かできるなら、無料にすべきだ。利用者負担の原則とは増税の言い訳にしかすぎないことを肝に銘じておきたい。

 ところで本稿はアメリカの格差社会であった。わき道で長くなりすぎた。夜も遅いので、続きは明日書くことにする。

 
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