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格差社会の中の貧困     現実を語る

 好きで飛び込んだわけではないが、貧困社会に入ってみると、とてもつらい。ブログも職がないから書けるのであって、働いていたら書けない。帰ってきたら、疲れ果てヒト寝入りしてしまう。時給700円レベル---誰にでもできる仕事---というのは結構きつい。
 さらに、そこに年齢制限がないとなると、それが輪をかけてくる。採用側も足元を見る。
 高齢になっても働かざるを得ない、ということは職を選べない--選ばない-ではない--ことが多い。

 貧困問題は、頭で考えて理解できるものではない。テレビでコメンテーターなどが--偉そうに--自己責任や努力の必要性を説いている。たが、どれ1つとって見ても解決策にはなるまい。実際に入ってみてわかるのだ、そこで理解できるのだ。考える「すき間」がない、心に余裕がない。

 本当に貧困であったら、情報さえも発信できないと思う。しかし、日に日にそういう状況に追い詰められていく。貧しさとは「たぶんそういうものだろう」。病気と一緒で日に日に進行していく。
 でも、何とかしないと。電気、水道が止められる。

 最後まで、かたよらず「公正に」この世の中に正義を残していこう
              
  「排除の空気に唾を吐け」~雨宮処凛著、講談社現代新書~
              以下 浜辺のねじまき鳥 より 引用

   文体が難しいので、主旨を変えない程度に私なりの表現にしてある。

 二度と這い上がれない格差社会の中で貧困の際に落ち込んだ若者が生きていく道は、戦争に参加するしかない、ということが現実になりつつある。

 それは既にアメリカではかなり現実的なものとなっていることは、「ルポ 貧困大国アメリカ」~堤未果著、岩波新書~ で紹介されている。

 ひょっとすると日本でもワーキングプアとして日本に絶望している若者の中には、その戦争願望があるのではないかというシーンは、映画「東京ソナタ」にも登場する。

 しかし、そういった社会の風潮に唾を吐いてみせるだけでは決してこの絶望社会は変わらない。

 自己責任、格差容認、コスト最優先、利益至上主義といった価値観がいずれは人間社会を破壊し、復元不可能になっていくとしたら、そんな悠長なことは許されない。
    引用 終わり-----

 それまでの「非競争社会」---一般人は競争社会であって、特定の人々が官僚から守られていた---特に金融かな---も異常だったかもしれないが、小泉内閣の持ち込んだ「競争至上主義」も異常だった。この点については、多くのブログで書かれているので、今日は当時のマスコミの正義感について考えてみたい。

 「ユニクロ」と「ダイソー」が優良企業としてちやほやされる。この2つの企業について、賛辞のみが与えられて良いのか。

 キャノンや駅前留学のノバ、人材派遣のエボナなどよりはましだが、重大な欠点がある。

 正社員の少なさだ。最近でこそ、ユニクロという名前だけで分かるようになったが、7~8年前には何の会社かさっぱりであった。その時、ネットで調べたところ、社員数は270名前後であった。

 一部上場の企業がだ。ウソ、何かの間違いだろう、と思ったが、それが利益の源泉だった。

 この考え方のどこが誉められるのか、私は知りたい。こういうのを新しいビジネスモデルというのか、もである。

 まあ、数年前からアルバイトを大幅に正社員化してきたようなので、ここでは余り取り上げまい。
しかし、マスコミの扱いは取り上げておかないといけない。こういう企業を一方的に時代の寵児とし持ち上げるだけでなく、どんな点が問題化を分析してもらいたい。
 
 私のような素人ですら、正社員数の少なさに疑問を抱くのだから。

 次に 「ダイソー」、このブログを読まれる方は「どこに問題がある」と、思われますか。

 私は、これも7~8年前、近くにダイソーができたので、家族のものと一緒に出かけた。
はっきり確信した。この店を認めるなら、政府はよほどしっかりとした補償をしないといけないだろう、と思った。
 私が買ったのは「バスタオル」と「あまがさ」であった。
 そのバスタオルは現在ダイソーで売られているものと違って、大きさ、その厚さ、色の種類いずれをとっても、まず、素人目で見て国内生産すると原価で100円を超えるのではないか。と思えるものであった。
 次の雨傘は布製で、カラーで花模様が描かれ、それなりの柄がつけられていた。
 傘に使われている布を購入するだけで100円はかかるのではないか、そんな感じがした。
 これを国内で売ってよいというならば、その業界は死ねというに等しい。これは日本国内で売ってはならない商品である。もし、売るなら国内産業が生き残るべく「関税」をかけるべきだ。

 不当に利益を上げることは良くない。が、逆に絶対に利益が出ない競争をさせることも良くないのである。もし、当時の日本政府が、傘業界、タオル業界を潰すつもりなら、はっきりそのように方針を示して、業界を誘導していくべきである。

 それなしで、自由競争、創意と工夫、努力と自己責任で資本主義の荒波を乗り切れというのは、余りに残酷ではないのか。
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