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放射能雲は金属の味と藍色の空気  肥田医師が語る低線量被曝の症状

 5月6日に「中尾ハジメ『スリーマイル島』」を紹介した。原文がA4--80枚という長文なので、まとめては見たが、とても長い。読んで下さい、といえるようなものではないが、この中で、「放射能雲--放射能の濃い空気の塊(かたまり)」に遭遇した人々へのインタビューがあった。

 そこで述べられているのは、「空気がニッケルのような味がした」という人々のコメントだ。空気に味があるなど考えもつかないが、多くの人がそう証言している。福島やそこに近い方は記憶に留めておいたほうが良いかもしれない。

 ともかく、空気に金属の味を感じたら、屋内に避難し、しばらく外出しないこと。また、空気が「青い(深みのある)」色をしている、との証言もあった。この味と色は「常識的」にはありえないのであるから、こんな変化があったら、とにもかくにも「屋内退避」をしておくに越した事はない

 原発事故そのものは、「一進一退」で、ともすれば「忘れ去られる」かのように、報道も減ってきている。が、ここでも何度も取り上げてきた「低線量被曝」は、これからが問題となってくるのである。

 昨日おそるおそる「肥田舜太郎氏」を取り上げた。「そんなこと、知ってます」と言われるかも……と内心、心配したが、意外に知られていなかった。逆に『お礼』の言葉を頂いた。今度の福島原発の事故後に広島で彼が話した内容も、ひょっとしたら余り知られていないのではないか、と思い、今日はこの話をお知らせしたい。
例によって、本旨を変えない程度に「リュウマ」による編集がある事は了解していただきたい
                   Hiroshi's Web日常の一コマ さんから引用 
 えー皆さんこんにちは。私は今ご紹介いただいた肥田舜太郎という内科の医者です。

 94歳ですから、あんまり確かなようには話すことが出来ないかもしれませんが、皆さんにまだみんなが教えられてない、広島、長崎原爆の本当の被害の中身を、短い時間ですが簡単に分かるようにお知らせをします。
      (この点は昨日の話と重なるので省略する。)

 放射線は爆発したその町に残っていて、一つは、地面の上に降り積もっていた放射線の粒子、粒を、人間がさわったり、歩いて舞い上がった埃として、吸い込む。また、水源地が冒されて水の中にたくさんあるものを飲む。

 自分は爆発とはなんの関係もない人も、後から町へ入ったために、広島でも長崎でも、今の医学では診断の出来ない、不思議な病気がおこって大変苦しみました。

 大部分の被爆者は、ちょうど今から10年くらい前、今もそうですが、50年60年経ってから、癌や白血病という悪性の病気で今どんどん死んでいます。

 つまり、戦争の終わりに被曝をした人が、60年も生きて、その生きてた間も、健康で過ごせたのではなくて、お医者さんに行ったり入退院を繰り返す、だけども病気の本体はよく分からない、そういうことで苦しんだ人が、最後は癌や白血病で命を取られる。

 放射線は、そういう性質を持っているんです。 

 広島長崎で被害を受けた被爆者は、アメリカの軍事機密である原子爆弾の秘密の一部を自分の体で知った訳だから、これはアメリカの軍事機密だから絶対に人にしゃべってはいけない。それから、書いて残してもいけない。もちろん写真や絵で描いてもいけない。もし違反した者は、厳罰に処す、と。占領政策の最初にそれを日本で宣言したんですね。

 だから、広島長崎で被曝をして、兄弟も親もみんな死んじゃった、財産もなくなった、行き場もない、そこら辺に倒れて寝っ転がっていたたくさんの被爆者が、「私は広島で長崎で原爆を見て、とても今困っています、助けてください」ということが言えなくなった。

 日本に原爆を投下したことも大変な罪悪ですけども、それにもまして、戦争が終わって、自分が落とした爆弾で医学で治しようもないという大変な病気を負っている被爆者に、生きる道を閉ざすような、大変なことをアメリカはしたのです。

 私は医者ですから、自然に、被爆者をたくさん看ることになります。救護や親族を探すために、後から町へ入った人々の中に、かったるくて動くことが出来ない、他はなんともないんだけれども、ある日突然大変なだるさが起こって、会社へ行けなくなった、三日も四日も続いて、やっと軽くなったから会社へ行ったら、またその翌月同じことが起こって、要するに会社や工場で働き続けることが出来ない、という患者がいっぱい出た。

 ところが日本の医者は、大学の教授から町の先生から、特に広島、長崎の医者はみんなそうでしたが、アメリカから、被爆者を特に「一生懸命看る」ような医者は、なにかアメリカに○○するところがあるがあると考える、という風に言われて、被爆者を親切に看るということも、困難になった。

 他国の軍隊に占領されて、自分の国の政府も役人も、なんの役にも立たなくなった、そういう状態を私たち日本人は、七年間味わいました。

 私は銀座で、酔っぱらったアメリカの兵隊が数人で、公然の場所で女性をレイプする現場を見たことがあります。日本の警官がそばに立っていても、ちょっとでも手をつければ殴り殺される、そういう占領を我々は受けたんです。

 今の医学ではまったく診断も治療も出来ない、新しい原爆病という病気、この病気の患者を研究することも、日本の学者は禁じられました。日本の政府は困っている被爆者を、なんとか生活させるために、法律を作って援護をするということも禁じられました。

 でもそれはもう7年で終わりました。

 しかしその後、みなも知っている日米安保条約という、アメリカが起こす戦争には日本が全力を挙げてこれを助ける、そういう条約が出来て、日本の政府は今でも、日本を守ってくれるアメリカの核兵器が、無意味になるような運動は一切してはいけない、という方針を持っています。

 皆さん、今度東北で福島の原発が事故を起こして、たくさんの人が今、家にも帰れないような目に今遭ってます。
 そして、原発からは、わずかだけれども、ずーっと毎日朝から晩まで、空気中へ放射線が出て行く。水の中にも出る。それはなくなりませんから。溜まるんです、どんどんどんどん。

 東北のあの工場の真上に、どんどん出る放射線は、そのまま風に乗って好きなとこへ行きます。そして地面に降る。降ったら地面にとどまって、そこはもうお米も作れない、商売にも使えません。第一そのそばへ行けば、被曝をします。

 原発から漏れてくる放射線も、原子爆弾でみんなが浴びる放射線も、放射線は同じものなんです。全然違わない。

 ところで、テレビに出てきて知ったような解説をする学者がたくさんいます。彼らは、放射線を作る側。あれを作る側の学問をやってきた人が出てるんですね、あそこへ。

 しかし、この放射線が人間に当たった時に、その人間がどんな変化を起こすかってのは、なんにも知らないんです、彼らは。だから直ちに心配なことは起こらない、そりゃそうですよ、今日被曝したら明日病気になる、そんなことはないんだ。

 でももう現に東北では、下痢が始まっています。さっきここへ出られた被爆者の方が、お母さんも妹も弟も自分も下痢が始まったとおっしゃいました。

 最初の症状の一つに、下痢が始まります。で、これは今の普通のお薬では止まりません。

 だから、私が一番心配してるのは、あの今東北で本当に苦しみ抜いている、その長く住んでいた家から、遠い不便なとこへ行って、隣の人とはボール紙一枚で仕切られたところで、もう一ヶ月以上生活してるんですってね。

 この人たちが舐めた苦しみは、今のところは不便なところで寝てるってことで、年寄りや病人が死なれたり、病気が悪くなったりしているけれども、元気な者を含めて、放射線の病気が始まってくるのは、おそらくこの秋から来年の春にかけてだろうと、私は想像しています。

 でも、病気になったも、私の病院に入れても、この人の今の病気が放射線の影響ですと証明する学問がまだないんですね。これが泣き所です。

 だから人をああいう目に遭わせて殺した側は、完全犯罪なんですね。30年後に癌で死んで、私はあの時にあの被曝をしたからこの病気になったんだ、なんぼ言っても証拠を挙げられない。

 今の医学はまだ、それを見つけるとこまで行ってない。理由は簡単なんです。

 1mmの60億分の1というのが、ウラニウムの粒の直径なんです。これが体の中に入って悪さをする。

 今の医学は人間の体を分解して、細胞という一番小さな命の単位の所で病気を見つける。これの60億分の1の所で今病気を起こしてるということは、それを見つける方法を持っていない。

 だから治す方法もなければ、消すことも出来ない。なんで選んで『原子力』で、電気を起こさなきゃならないのかということなんだ、それも日本の国の中で。

 みんな知らないから、たくさん電気が起こるんだとか、他のやつより地球の空気を汚さない、温暖化を防いでる、上手いこと言われてなんとなくそれで出来る電気の恩恵を受けて、のうのうとしてるけれども、それらの原発の一つが、今もし事故を起こせば、広島はひとたまりもなくその影響の中に入ります。

 だけどもこうなってみれば、原発は、もう許すことは出来ない。

 一度事故を起こせば、何百万人という人が苦しむ。あの姿は、皆さんの明日ではないということは誰も言い切れない。

 だから、放射能、放射線というものは、まだ人間が自由にコントロール出来ないエネルギーなんですから、これはもう掘り出すことも止める、もちろんこれを使うことも止める。人類が全体で長生きするために、世界中がこれをやらなければいけない。

 政府は、あの原発の事故を起こした所から20km30kmの所は、悪いけど立ち退いてください、やっと言いましたね。

 アメリカはこのニュースを聞いた時に、日本にいるアメリカ人に80km離れた所に逃げろということを、言ってるんですね。もう翌日、もうそういう発表してる。

 それからフランスもドイツも日本に派遣している特派員、これは12日の朝には本国から大阪まで逃げろと、東京の特派員は全部そう言われています。

 つまりそれだけ逃げていなければ、お前の将来は危ないよということを、フランスもドイツもアメリカも、よく知ってるから。ちゃんとそういう放送をするんですね。

 日本政府は一月経ってやっと、20km30kmの所を、恐る恐るあんた向こう行ってください、そんななとぼけたことをやっている。つまり、なんにも知らないんですよ、日本の政府は。

 金儲けだけです、考えてるの。だから私は今日わざわざ広島ここへ来て、この中には山口県の新しく出来る原発反対をしている若い方が一杯いると聞きました。

 力負けして、なんか段々向こうの方が今有利になってるようですが、今度の事件があったので、会社が強引に進めるのをちょっと今休んでるようですね。

 これからの日本の国民の戦い方一つで、日本の国から原発を追い出すことが、あたくしは出来ると思っています。そしてそういう力を集めて、核兵器を絶対に世界からなくす。

 皆さんはのんきな顔をしてるけど、今の政府、民主党の議員の中にも、日本が原爆を持てという議員がもう60%を超えてるんですね。

 日本が核兵器を持って、「もう一度よその国と喧嘩をする」ということを考えている議員が全体の議員の中で50%をもう超えてるんですね。

 皆さんがこれから、これからの自分たちの生涯、これから皆さんが持つ子供、孫、その上に放射線の恐ろしさや不安を絶対に感じさせないような国に、この国を作り変える、これが私は一番大切なことだと思っています。
                              (終り)

 94歳である。「私1人になっても、アメリカを訴える」という情熱が伝わってくる。肥田医師の話には、我々が学校で習った「被爆者のケロイド写真」での原爆の悲惨さではなく、その背後にある何十万人の苦しみがある。
これは、確かに知らなかった。戦後の混乱期に、食糧の配給が「被爆者」に行われず、餓死者が多数いた、など初めて知った。また、チェルノブイリなどと違って、その後の奇形児なども、日本ではほとんど表ざたになっていないが、大半が「死産」で処理(はっきり言えば殺された)されたのであろう。

 こういうアメリカの政策が、肥田医師の情熱の元になったのではないか、と私は思う。

 今後、東北でどのような「後遺症」が出るのかは分からない。『原爆ブラブラ病』とも言われた、激しい倦怠感が襲うだけの初期症状では、体のどこも悪くはないわけだから、本人以外、その苦しみは分かるまい。何年、何十年先のガンや白血病が、どの程度の割合で起こるのかも、予想すら出来まい。

 肥田医師の言うことが、100%正しいとは言わぬにしても、「原発を認めるか否か」という判断の大きな材料であることだけは確かだろう。 

 まだ、原発を「容認」しますか?


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COMMENT 2

ニャン子太朗  2011, 06. 01 [Wed] 01:45

・・・・・・。

ここ数回のリュウマの独り言は私にはあまりに衝撃的で深過ぎて浅はかな頭では短時間に消化しきれません。
肥田医師の言葉ががつんと頭に打ち付けられて取るに取れない。
俄か啓発されたと嘲られるかもしれませんが、私も含め日本人はもっと自らの歴史を真正面から見るべきです。怖くてもおぞましくても逃げずに夫々がちゃんと考え答えを持つべきです。
無条件で時代に任せるのではなく自らが口を開き行動すべきだ。
私もそうだし、皆がどこか流れに仕方なく身を任せているのではないだろうか?

≪これからの日本の国民の戦い方一つで、日本の国から原発を追い出すことが、あたくしは出来ると思っています。そしてそういう力を集めて、核兵器を絶対に世界からなくす。≫

具体的に一市民の自分が何をどうすればよいのか正直途方に暮れるのですが、少なくとも今起きていることこれからのこと、目を背けずにしっかり見て自分自身で考え行動したいと思います。

リュウマのパパさんのコメントは客観的で淡々としているから反って余計に心に響く・・、
そして「さああなたはどう思うのか?」と避けては通れない問題提議をする。
だから本当に真剣に考えてしまいます。


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うさぎ  2011, 06. 01 [Wed] 01:52

我が身に起こって初めて真剣に考えております

福島原発事故以来、4歳の子供を抱える母親として、テレビから流れ聞くだけの情報だけを鵜呑みに出来ずに毎日真剣に情報収集を重ねております。

幼稚園に通っておりましても周りの方たちはもうマスクすらせずに普通に過ごされています。
私もお天気が良く、保護者や先生とおしゃべりし、子供たちの笑顔を見ていると放射線の影響なんてないような錯覚さえしてきます。
でも25年前のチェルノブイリ事故や広島長崎原爆を参考にしなければいけない状況であることが、今回の原発事故後に小出しにされてやっと明らかにされつつある爆発時に漏れ出した桁違いの放射性物質でわかってきました。

チェルノブイリ後の実情と世界的機関はじめ公的に発表されている内容との矛盾、広島長崎原爆投下後の日米の対応、遠い昔に終わったわけではなく、今も苦しんでいる方たちがいることにこれからずっと続くであろう日本の未来を見ることが出来ます。
ベラルーシの現状を知り、愕然としました。

私のように原発のことを何も知らないゆえに危険性があることも考えようともせずに歳を重ね、原爆も遠い昔のことで法律に戦争放棄・非核三原則のある日本ではあまり関係のないことと安心しきっていた人が多いことと思います。
今まで危機感に乏しく、原発などへ目を向けなかった我が身にも責任があると考えておりますので、反省しております。
もう既に少なくとも現在使っている原発に関しては日本建国以上の年月を掛けて子孫たちに管理させる危険物質(ゴミ)になるということ、とんでもないものを有難がって使っていたのだと心から悔やんでいます。
純粋で輝く大事な子供達のために非力でも私もそして多くの大人が声をあげていかなければもういけないと痛感いたす次第です。

リュウマさん、前回、今回と肥田舜太郎医師の記事ありがとうございます。
文字起こし、時間がかかる作業であろうと思います。
また毎日多大な時間をさいてのブログの更新、大変有益な情報ばかりです。
コメントはしてきませんでしたが、いつも感謝しておりました。
本当にありがとうございます。

肥田舜太郎医師、長年活動をされてこられたこと、尊敬してやまないです。
今同じ時代に共に生き、貴重なお話を拝聴できることが奇跡ではないでしょうか。
肥田舜太郎医師の心意気を無駄にしないように胸に刻んで、これから自分が何か声をあげていけたらと考えております。

明日からまた子供には笑顔で接して暮らしたいと思います。
長い月日をかけてお腹で育て、最初はただ無事に産まれてくれればと願い、育てるうちに日増しに愛しく大事な存在になってくれています。
一人ひとりが大事な存在である子供達。
暫定基準値が以前の数値や世界基準程度とかけ離れており、今その基準値内ならという名目で食品が流通して、子供達に食べられていることに違和感を感じます。
異常に高くされた暫定基準値ですら超える値が神奈川県で出ました。
餓死するくらいなら食べてもいい緊急の暫定基準値、でも東北関東産以外の食品を子供に食べさせることが出来なければ餓死させてしまうのでしょうか?
日本の大人の良心はどうしてしまったのでしょうか?

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