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チベットの僧侶たちの焼身自殺は何を訴えているのか。 テロリストは「悪」であるという考えに、疑問点はないのか。

 なにしろ、因縁がある (行方不明になった?) ので、これを記事にしなくてはいけない。最近では、全く関心がなくなってしまっている「チベットの僧侶」の焼身自殺の件である。もちろん1ヶ月前のニュースではあるのだが …… その前に……

1963年6月11日に、当時南ベトナムのゴ・ディン・ジエム政権が行っていた仏教徒に対する高圧的な政策に対して抗議するため、サイゴン(現・ホーチミン)のアメリカ大使館前で自らガソリンをかぶって焼身自殺した。
             Thích Quảng Đức 気高き焼身自殺 
    
         一人の人間の焼身自殺によって世界が動くこともある。 
彼は支援者たちが拝跪する中、燃え上がる炎の中でも蓮華坐を続け、一切苦悶の表情や声を出さず、絶命するまでその姿を崩さなかった。その強靭な精神力と威厳のある姿はカメラを通じて全世界に放映された。この衝撃的な事件が世界中に放映され、国内の仏教徒に大きな影響を与えることとなった。

          後にその様子を見る機会もあったが一度で十分だ。
          炎が体から舞い上がり、体はどんどん小さくしぼんでいき、
          頭は黒く焦げていった。
          あたりは皮膚が焼ける臭いがたち込めた。
          人間というのは驚くほど早く燃えてゆく。

          2.jpeg
          私の後ろからは集まったベトナム人のすすり泣きが聞こえた。
          泣くにはあまりにショックで、
          書きとめたり疑問を投げかけるにはあまりに混乱し、
          うろたえて、 考えることすらできなくなった。
          燃えていく彼は微動だにせず、声も発さず、
          彼の落ち着きはらった様子は
          周りの泣き喚く人々とのコントラストを醸し出してい た。

          ニューヨークタイムス   デイビッド・ハルバースタム
 


 ずいぶん前の「南北ベトナム」時代の話である。彼の死をきっかけとして、「南ベトナム政府」はアメリカの後ろ盾があるにもかかわらず、崩壊したのである。ゆっくり、後ろに倒れる彼の姿を見て、何も感じない人間など居まい。

 サーチナニュースの11月29日付記事に次のようなニュースがある。皆さんはご存知なのだろうか。

  中国の駐英国大使館は29日、英ガーディアン紙に対し、四川省西部のチベット族居住地域でチベット仏教僧侶の焼身自殺が相次いでいることについて「事実を歪曲(わいきょく)した報道をした。まことに遺憾だ」などと、書簡で抗議したことを明らかにした。

  中国大使館は、英ガーディアン紙を「少数の亡命チベット人の話を引用して、焼身自殺を公然と賛美した。白を黒と言いくるめ、人々を惑わすものだ。まことに遺憾だ」と批判した。
          2011年11月3日。抗議自殺するパルデン・チュツオ
                         写真は ひろまるネットワークさんより  
  書簡は焼身自殺について、「チベット仏教は平和を追求し寛容の精神がある。修行に専念すべき僧侶や尼が焼身自殺したことは、仏教精神に対する最も致命的は破壊行為」、「現地の群集は焼身自殺を広く非難しており、宗教人はさらに心を痛めている」と主張した。

  チベット族については「中国国民として、正当かつ合法的な意思表明の方法が完全に認められてている」、「自殺という極端な方法をとる理由はない」と主張した上で、「焼身自殺については、ただひとつの解釈しかできない。異常な力でコントロール・支配されていたということだ」と主張した。


 中国政府も、その歴史的事実を十分意識はしているだろう。だから、彼らを「テロリスト」などと呼んでいるのだろう。

 テロリストといえば、多くの国民は「悪」と認定するのだろう。米国大統領も、日本国首相もそういう考えだ。本当にそうだろうか。「テロの経済学」の中に次のような記述がある。

 多くのテロリストは、生きていくための目的を持てないほどひどく貧しく、教養がない人たちではない。むしろ彼らは、その達成のためなら自ら死んでもよいと考えるほどの理想を持っており、その理想に対する自信を持てるだけの教養もある。そしてその理想に対して、深くかつ強烈な関心を持っているのである。

 何がテロリストを生み出しているのか、を理解するには、給料の低いのは誰か、経済的機会の少ないのは誰かと問うよりも、誰が強固な政治的目的を持ち、かつ十分確信をもって彼らの過激な幻想を実現するために暴力的手段に訴えようとするのか、を問うべきである。

 多くのテロリストは、生きていくための目的を持てないほどひどく貧しい人たちではない。むしろ彼らは、その達成のためなら自ら死んでもよいと考えるほどの理想を持っており、それに対して、深くかつ強烈な関心を持っているのである。
 

 雨にも負けず、風にも負けずあらゆることを自分を勘定に入れない、誰かの幸せを願う優しき利他主義者が、同胞の苦痛、社会の不正義と矛盾を解決するには暴力によるしかないと絶望したその瞬間、テロリズムが誕生するのである。との説もある。

 13億の民をコントロールすることは「至難の業」であることは、容易に想像できる。
1億の日本でさえ、百家争鳴で、私などでは、とうていまとめられそうもない。中国国内のことだから、内政干渉をするな、国外の者は黙っておれ、と言いたいらしい。ほんの一部の報道以外、表立っての反対を表明する国も少ない。

 本当にテロリストの言い分に「理」はないのであろうか。どこかの総理が「わが国はテロリストと話し合うことはしない」などと宣言したが、テロリストの言い分は「わが国の領土から、日本軍を撤退させよ」と言ったに過ぎない。ある意味では「至極まっとうな」意見である。

 このような、自己の利益でなく行動する「テロリスト」は、世界の国々の指導者にとっては「脅威の的」であろう。なぜなら、犯罪の動機が (当局側から見て) わからないのだから、捜査も困難を極めよう。その上、他人のために義憤に駆られて行動するのであるから、国民の支持も受けやすい。

 自爆テロのような他者を巻き添えにする『テロリスト』ですら、支持されている場合がある。

 現在の社会の矛盾から「利益」を得、それを享受している1%の「富裕層・支配層」にとって、他者の幸せのために自己を犠牲にするテロリストほど手ごわいものはあるまい。

 われわれ一般国民も、「レッテル」に惑わされず、鵜呑みにするのでなく、その意見を聞く心構えだけは持っていなければなるまい。 



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Tag:焼身自殺 テロリスト テロの経済学 中国

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