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破産させよう!「JAL」    日航の暗闇を探る。

 なにしろ、世界第5位の航空会社である。大きすぎて潰(つぶ)せない。
救うには、余りに杜撰(ずさん)だ。

       これが本当のところの日航(JAL)問題の結論である。

資本金 2,510億円   売上高 連結:1兆9,511億58百万円 
 (2009年3月期)      純利益 連結:△631億94百万円
              総資産 連結:1兆7,506億79百万円
             従業員数 連結:       47,526人

 JALが単なる一つの大きな会社なら結論は簡単であろう。出直せばよい。それはそれで何とかなる。しかし、余りにも複雑で大きい。さらに交通機関であるから、利用者の問題もある。

               日本航空(持株会社)
 日本航空の配下には次の航空会社がある。
日本航空インターナショナル (JAL)   日本トランスオーシャン航空 (JTA)
JALエクスプレス (JEX)          JALウェイズ (JAZ)
ジェイエア (J-AIR)

   (全便をJAL便として運航。対外的には「ジェイ・エア」を使用)

日本エアコミューター (JAC) ※     北海道エアシステム (HAC) ※
琉球エアーコミューター (RAC) ※


                   その他
 関連企業(子会社)には次のような企業がある。
JALUX(商社)      JALブランドコミュニケーション(JAL宣伝、出版)
JALグランドサービス(整備や地上業務)   JALホテルズ(ホテル運営)
ティエフケー(機内食)          JALロイヤルケータリング(機内食)
JALスカイサービス(空港カウンター業務)          JALスカイ東京 JALウェイブ(航務)           JAL航空機整備成田 航空機整備)
JAL航空機整備東京 (航空機整備) 日東航空整備 (NTM)(航空機整備)
JALロジスティクス(倉庫業・通関業)   JALカード(クレジットカード事業)
JALビジネス(人材派遣・紹介)   ジャルパック(海外旅行の企画・運営)
ジャルツアーズ(国内旅行)                   ジャルトラベル
ジャルセールス(旅行代理業)    JALインフォテック(日本IBM子会社)
JALテクノサービス(消防設備・環境管理)  ジェイ・エス・エス(警備業)
JALエービーシー(携帯電話のレンタルサービス、宅配業務)
 それぞれが小さいものならこれらを一括処理することも可能だが、
JALホテルズ」を1つとっても次のようになる。

 株式会社JALホテルズは1970年、日本航空が出資したホテル運営会社である。

資本金42 億7 千2 百万円。『ニッコー・ホテルズ・インターナショナル(国内 29、海外 17)』、『ホテルJAL シティ(国内 29)』で、合計59 ホテル、総客室数18,833 室を展開している(2008年11月21日現在)。

 最盛期の1980年代には、ニューヨーク(エセックスハウス)やメキシコシティ、バンコクやビバリーヒルズ、アトランタなど世界各地にホテル網を築いたが、バブル景気の崩壊後の1990年代以降にその多くを手放し、アジア圏内や国内にホテル網を拡大していく方向に転換した。

 なおバブル時のホテル拡張は、高金利で資金を調達(エセックスハウス買収資金の金利は、年12%と当時としてもリスクマネーに位置する)して買収する強引な経営戦略をとっていたことから、何らかのキックバックの道具として用いられたと見る向きもある。1990年代初頭のJALの経営不振の原因のひとつでもあった。
 ここに疑惑が1つある。こういうことになると、これら子会社も詳しく見ていく必要が出てきてしまう。
 今後は、中華人民共和国に2009 年夏『ホテル・ニッコー上海』(388 室)、2010年3月『ホテル・ニッコー広州』(411 室)、2010年『ホテル・ニッコー無錫』(500室)、中東には2009年『ホテルJAL タワー・ドバイ』(NHI、478室)、および『ホテルJAL バーレーン・リゾート&スパ』(300室)、の開業を予定している
 「今、倒産寸前の企業のすることか」と感ずるのは私だけだろうか。

 では、日本航空とは何であったか、原点から考えるしかない。
略年表を載せておく。

1951年    日本航空株式会社(初代)設立
1953年    解散。
1953年    日本航空株式会社法に基づき航空会社を設立(特殊会社)。
1987年    民営化
2002年    日本エアシステム(当時)と経営統合
         グループ持株会社である現・日本航空の完全子会社となる。
2004年    現行社名へ変更。

 第二次世界大戦後、GHQによる航空活動禁止が解禁されると、 日本には続々と航空会社が誕生した。しかし、再編成を繰り返し、高度成長期には日本航空(国営)と全日本空輸、日本国内航空、東亜航空の4社に集約されていた。
 ここで政府は、路線や運賃を政府によって調整することで競争を抑制し、国内航空業界を保護育成しようと考えた。

 この政策によって、日本航空(JAL)は国際線の一元的運航と国内幹線の運航全日空(ANA)は国内幹線とローカル線の運航、東亜航空と日本国内航空は合併して東亜国内航空となり国内ローカル線の運航を担当し将来的には幹線に参入する、という体制が確立した。

 ここで、政府が介入してJALが圧倒的優位な立場で競争できるようになった。
 航空会社の再編成が頻繁に繰り返される度に、運輸省(現国土交通省)は需給調整の名の下に新規参入を規制し、運賃を調整し、各航空会社の事業範囲を固定したことは、長らく幼稚産業から脱皮できなかった航空産業の発展に大きく寄与したことは事実である。

 しかしこれらは、閣議了解及び通達という、国会の議決を経ることのない政府の政策として決定されたため、利用者である国民の意思を反映する仕組みがなかった。さらに運輸省には、航空業界がどの程度まで発展すれば規制を緩和し市場競争に委ねるか、という将来展望が欠けていた。

 よって、規制は既得権化し、運輸省などの航空会社経営に対する過度の介入が日常化した。このため、何をするにも国にお伺いを立てる、という航空会社の政治家・官僚頼みを生んだ。
 これは現在も大手2社(日本航空、全日空)に見られ、省庁幹部人事の時期には霞ヶ関を両社の社員が走り回り、監督官庁からの天下りが恒常化しているなど、民間会社にあるまじき当事者意識・自律精神の欠如を招いている。

また、現在も企業側、労働組合側双方に見られる既得権固守姿勢や特権意識は、国策によって守られ続けた意識をいまだに引きずっているとも言われる。

 まあ、表向きの歴史はお分かりいただけたと思う。表の歴史だけでも、問題点は浮かび上がってくる。それは、国交省の過度の介入があったため、経営者が経営者として判断も責任も果たしてこなかったということである。「官僚の言うままに、政治家と官僚を頼みにしていた」といわれても仕方がない。

 日航には議員の子弟の数が異様に多い、と聞く。安定した高給を取れる職場として「議員の先生」が利用していた節がある。また、地域有力者の枠があって、スチュアーデスなどの口利きをしている。これが、選挙の際の集票マシーンになっていたとも言われる。

 このぐらいなら、まだ可愛いのだが、もっともっと出てくるから困る。
 書いても書いても後から後から出てくるのである。

 さて、気を取り直して次にいこう。

 この会社を救うには、まず「労働組合側」も大幅な譲歩がいる。そして、上層部は総入れ替えをする。社長、副社長だけではなく、役員全員ぐらいなものを実行しないと、国民の納得は得られない。

 まずは、賃金と、企業年金の見直し

  従業員数(単独) 15,389人     従業員数(連結) 47,526人
  平均年齢 41.0歳           平均年収 874万円

  退職金はヒラで推定6000~8000万。
  企業年金は現在年580万、減額後で年430万

 下の利用者の声が(月給に対する)国民の素朴な声である。

 パイロットだけに限れば、    日本航空1,964万円
                   スカイマーク  619万円
 ついでに、キャビンアテンダントは    日本航空676万円
   ポロシャツで頑張っている    スカイマークは314万円

   神戸~羽田の当日運賃が  日本航空22,600円に対して、
                    スカイマーク 9,800円

   新聞とキャンデーとドリンク代が差額の12,800円なのか?
       北新地のぼったくりバーよりヒドいじゃないか!

 労働側は、賃金と年金、(オット、書くのを忘れるところだった。)それに職場に行くのに「タクシーやハイヤー」を使う習慣をやめれば、納得できる。企業年金にしても、倒産したら何もなくなる。余り欲張らずに、ここは妥協すべきだ。

 経営者側は、この程度ではすまない。社長以下全員首はもちろんだが、それでも助けるかどうか微妙なところだ。



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