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震災後 1年 ………

 まさか日本であのような大津波が発生するなど、信じられなかった。東南アジアで起きた津波の映像を、まるで映画でも見ているかのように眺めていた記憶がある。日本を襲った津波の映像を見ているときは、なぜかしら、とめどなく涙が流れた。あの日から1年がたつ。

 知り合いの方のお父様がなくなられたのだそうだ。ご病気で入院中で、何度かの危篤状態は乗り切ったのだが、とうとう帰らぬ人になってしまった。私の母も、20年位前に他界したが、その死に目に立ち会って、「虫の息」と言う言葉が、本当に実感できた。

 意識がなくなって、徐々に脳死状態 (医者ではないので、正しい表現かどうか分からぬが) になり、息だけをしている状態になった。その息の大きさも、しだいに、しだいに、小さくなっていく。だんだん息をする間隔も遠のく。--- 長い間、ご苦労様。ありがとう。-- 心の中で、そう伝える。

 小さな息の間隔が、遠のく。思い出したように、大きな息をする。まだ、生きている。-- そんなことはない -- その思い出したような息も、とうとうしなくなる。 -- さよなら。--

 横についていても、6ヶ月くらいは、何やかやと思い出す。死も受け入れやすい (はずだ) 。津波でご家族を失った方々に比べれば、はるかに恵まれた別れであったろう。

 震災後1年と言うことで、多くの番組が 「被災した方々」の様子を伝えている。そういう方々に、何と言ったいいのか、私には適する言葉が見つからない。突然の強制的な別れを経験したのだから、私などには、その心中を察する能力もなかろう。何か言葉を発しても、上っ面な言葉しか浮かんでこないだろう。

 ただ、ただ、うつむくしか 「能」 がない。雄弁に語ることができない。そんな自分が情けないが …… 

 今年は暖かい春が 皆さんに訪れることを 願っています。
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COMMENT - 2

ぽんのんの  2012, 03. 13 [Tue] 11:50

お母様、穏やかな看取りをされて・・ゆく方も残る方も恵まれていましたね。
私の祖父を思いがします・

でも、突然、引きちぎられるようにして奪われた命を悲しむ人の傍にあって、私も、うつむくのみです。その時の私は電信柱です。

でも天皇陛下ご夫妻は、そんなおきな悲しみの場に、雄々しく出向かれ、傷ついた人々を癒されました。それは権威でなく、慈愛に満ちた言葉で、福祉のコミュニケーションの基本をこえた見事な、恩でした

 穏やかにご挨拶、同じ目の高さへ。
お話をお聞きになる、うなづく、手を握る、
ゆっくりと、低めの声で相手のペースに合わせ・・[待つ」と言うタイミングもみごとに・・
 これらは勉強して覚えたり、学ばれたりもしたのでしょうが、それ以上に天性のものがあって、ご自分達も深い涙の河を渡ってこられたからでしょう

 あるおばあさんが「孫がながされてのお・・」「早く戻ってこられるといいですね」「明日も探しに行くんじゃ・・」[そうですか、どうぞご自分のお体のほうも大切になさってくださいね」
  会話は信頼関係が成り立つまでが大変なのですが、会話の前から、信頼関係ができているのです 点ぬ陛下ご夫妻の感性、お人柄のすぐれた肩で、2000年の歴代天皇の中でも随一と思いました

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ぽんのんの  2012, 04. 23 [Mon] 09:04

大変悲惨なコメントを失礼しました

パーキンソン薬服用後、パソコンに向かうと時々、睡魔でボロボロ

お忙しい中、大変お手数ですが、削除していただきたく・・

私は、皇室には関心はありませんが、天皇陛下ご夫妻が、とても好きなのです

Edit | Reply | 

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