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大飯原発 正門前からの 報告 -- この道を歩いてる -- より    日本にはない 思想信条の自由を表現する権利

 昨夜9時、大飯原発の制御棒が抜かれた。 大飯原発のゲート前では、夜を徹して再稼働反対が叫ばれていた。
その様子は ユーストで リアルタイムに 世界に配信され、視聴人数が世界一になった。

 ユーストには、デモ隊への応援と連帯のツイートや、ここは本当に民主主義国なのかという怒りのツイートが、たくさん流れた。 総理は、 官邸で 「大きな音がするね」 と のたまい、 テレビは、香港の 「反政府デモ」 を解説まで入れながら詳しく伝えた。

 しかし、大飯原発の正門前や、官邸周辺の出来事は 決して伝えることがなかった (日経、読売、NHKも同罪) 。 本当に民主主義国家なのか、これでは 北朝鮮や中国より、 少しはマシ 程度の国ではないのか。

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 届けを出し、許可を取った 『デモ』が、 狭い歩道に押し込められ、 周りを 警官隊に囲まれながら、 赤信号で止まるなど、 本来あってはならないことだ。 箱根駅伝が 歩道を走り、信号待ちするのか、 東京シティマラソンが 歩道に押し込められ、信号待ちするのか、 考えれば分かる。 このデモは、 憲法が保障した 「国民の権利」を具現しているものであり、マラソンは、単に 行事である。 その持つ「重要さ」が違おう。

 これが、世界に流れれば、笑いものになる。 そういう 意識がない人々が増えた。 本当に良く 「洗脳された」 と言ってよい。                                       以下 no more capitalism さん 引用

 ニューヨークのマンハッタンのような交通渋滞の激しい都市部であれ、ソウルのように交通量が非常に多いアジアの人口密集地域であれ、デモ隊のために車道を全面的に開放し、警察官がデモ隊の脇を並列して密着したり、歩道とデモの隊列の間を分断したり、デモ隊を細切れにして、その間を数百メートルも開けさせるような介入はどこにもない。

 ましてや、デモの隊列の先頭に警察車両が陣取り、デモのシュプレヒコールを妨害する大音量の嫌がらせの警告演説によるデモへの威圧的な言動と通行人へのデモに対する敵意を煽るような言動などは、日本の警察の固有のことといっていい。
過去 現在
         1960年代のデモ風景                       現在のデモ風景

 1960年代末のデモ風景である。当時、デモは道路全体を使用するのは当たり前だった。それは人数が多いからとかという問題ではなく、デモによる意思表示は、一般の交通に優先する憲法で保証された思想信条の自由のための権利行使だから当然のことなのだ。このことは、ほぼどこの国でも共通認識だ。デモによって、公共交通に支障をきたすことや通行人や車の通行に支障があるとしても、そうであっても保証すべき重要な権利だという理解が、権力の側にもあるからだ。

 しかし、冷静に世界の民主主義の目に見える表現としてのデモを見比べてみよう。ニューヨークやロンドンやソウルで人々が路上で行うことができる表現が日本では行えず、もし、同じような行為をしようとしても、警察はデモ申請にたいして許可を出さないか、許可条件に反して路上を全面的に使用するようなデモを行えば、逮捕を覚悟しなければならないということは、いったいどのような論理によって、正当化しうるのだろうか?

 米国や韓国の人々がもっている自由をなぜ私たちは持つことができないのか?その理由は何なのか?

 少なくとも他の国で当然認められているレベルの路上への権利、かつてこの国でも当たり前にみられたデモの権利をまず回復しなければならないが、同時に、なぜ、これほどまでに警察が肥大化してしまったのか、この半世紀のこの国の権力の有り様を根本から問うことも必要なことである。

 警察の肥大化は、その裏面で、人々のある種の不安や権力への依存と不可分でもある。こうした人々の警察への依存やデモも含めた社会的政治的な異議申し立てを民主主義の必須条件とはみなさないような権威主義的なパーソナリティの醸成がいったい何によってどのように構築されてしまったのか、このことを解き明かすことも避けられない。

 権力の不合理な抑圧を許しているのは、この国の主権者の責任である。これは民主主義国家である以上避けられない責任である。しかし、この意味での責任は、警察が過剰警備と不当な逮捕に直接の責任があるということとは違う。後者の責任は明らかに警察にある。私たちの責任とは、こうした警察の権力行使を抑制して、表現の自由や基本的人権を確保することに関わる政治的な責任である。

 Afternoon Cafe さんのブログから、引用しよう。                ( リンク  Afternoon Cafe )

 写真を見ていただけるとわかりますが、ヨーロッパのデモと比べると日本のデモは警官がデモ隊を取り囲んでしまって、まるで警官がデモをしているように見えます。

 こんな風に警官に取り囲まれた団体って、きっとヤバイ特殊な団体では?という印象をどうしても通りすがりの人々は抱いてしまいますね。 また、こんなに警官に取り囲まれるのは怖いからデモに参加するのはやめよう、という威圧にもなります。

 こうして、日本人はデモに対して良い印象を抱かなくなります。 そして当ブログで何度か指摘していることですが、日本では、人権教育、民主主義教育が実にお粗末なため、デモは憲法で保障された国民の最も大切な基本的人権であるということすら知らない人が多いのです。

 デモは基本的に許されない、警察が許可した場合のみ許される、と思っている人さえ珍しくありません。 「先進民主主義国」では非常に珍しい現象ですね。                                      (引用終り)

 大飯原発の正門前では、 激しい反対派と 警察の対立があったようだ。
 以下 直接抗議活動に行った この道を歩いてる さんのブログからの 引用 (文中写真も同ブログ) 。

大飯原発の再稼働への直接抗議活動に行ってきました。 書きたい思いがありすぎて まとめられるか不安だけど これだけは書いておかなきゃいけないと思うので 書いてみます。

僕が駆け付けたのは午後6時。遠くから見たらこんな感じ。 すでにそこで活動している仲間たちの助けを借りて、力ずくで無理やり警官の列を突破。
             遠くから見たらこんな感じ。
                 僕が駆け付けたのは午後6時。遠くから見たらこんな感じ。
僕は恥ずかしいけど、警官のガードをこじ開けてバリケードの中にいる仲間の所に行く、ただそれだけのことがめちゃめちゃ怖かった。

警察に逆らっていいいの?おれ。 これ捕まっちゃわない?

警察は突破中こそ体を掴んだりしてきたけど、こちらも警察に手を出さなかったし、中に入ってしまえば彼らもそれ以上は追ってこなかった。

やっぱり警察にもここを守る決定的な根拠はないんだ。

鳴り止まない「再稼働反対」コール。 ジャンベ、鳴り物。 一目見て理解した。 「ここにいる人たちは、皆まだ諦めてない」

「再稼働はまだ止められる」一人一人が本気でそう信じている目をしていたし、その場にいる限り、それは真実のように思えた。

僕は東京で首相官邸前抗議に10万人集まっても、再稼働は止まらないだろうと思っていた。 今回わざわざ往復12時間、費用3万円を費やして、ここまでやってきたのも「再稼働は止められなくても、最後まで声を上げたという自己満足を得たい」という、そんな消極的な理由からだった。

だけど、ここに来て現場を見て一瞬で変わった。   確かに再稼働は止められる。

ここに集まっている人たちの多くは、髭もじゃもじゃ髪ぼさぼさの一昔風に括って表現してしまえばヒッピー的な雰囲気を持った人たちだ。

茂木さんが「カラフルな服を来た若者」と表現するように、一般社会的な価値観から見ると非常識な人間で、とっても悪い言い方をしてしまえば社会不適合という烙印を押されてしまうような、そんな人たちだけど、そんな人たちが今日本人の中で一番未来のことを考えている。

そんな中で仲間の一人がこういった。 「僕たちはもう原発やめたんです。」  この発想なんだ。この人たちの原動力は。

               「原発やめて」じゃなくて『原発やめた』。

               そのたった一文字の違いがとんでもないパワーを生む。

作業は翌日7月1日(日)の夜9時から始まると言われている。再稼働を撤回するまで抗議活動は続く。 体力温存も大事なので、各自、仮眠を取ったり車で休憩をしたりする。

「機動隊来たぞー」の掛け声に合わせて、仲間たちは機動隊の方へ走って行った。 僕は立ちすくんで後ろでこそこそ写真を撮っていた。 正直めちゃめちゃビビってた。 夜の暗闇に機動隊。それに立ち向かう?むりむりむりむり。
            正直めちゃめちゃビビってた。
                     正直めちゃめちゃビビってた。 夜の暗闇に機動隊。
戻る勇気も突っ込む勇気もないまま、バリケードの中という中途半端な位置で「再稼働反対」と叫ぶしかなかった。 一瞬小競り合いが起きそうだったが、何とかバリケードから5、60mの所で機動隊を食い止めた。

女の子も戦ってる。 それに引き替え自分の意気地のなさと言ったら。 忸怩たる思いが募ったが、それでもやっぱり怖いものは怖かった。

それから深夜にかけて、もう一度機動隊が突っ込んでこようとした時があった。 「機動隊来たぞー」の掛け声に走る仲間たち。

また立ちすくむ僕。 しばらく悩んだが、やっぱり機動隊を止めに行こうと決意した。 止めなきゃ、意味がないんだ。
            この人たちは、正義も思想も何も持っていない。
                   この人たちは、正義も思想も何も持っていない。
警察の人や機動隊の人たちは無表情だ。本当に無表情だ。 この人たちは、正義も思想も何も持っていない。ただ「仕事」としてやってきているだけ。 なるほど。と思った。 だから市民が機動隊を止められるんだ。

本気出せば機動隊がバリケードを潰して、ここにいる人間を検挙することなんてわけないだろう。そういう訓練をしている人たちだ。

だけど、ここに来ている機動隊の人たちは上から命じられて来ている人たちだ。 自発的にやってきている僕たちとは根本的にやる気が違う。

機動隊の人たちも若者だった。 奇しくも現場では若者と若者がにらみ合うという構造になっていた。


バリケードが出来てからほぼ鳴り止むことのない「再稼働反対」の掛け声。 機動隊とにらみ合っている時は必死だから、「再稼働反対」と叫ぶしかないけど 本当は心の底でこう思っていた。

                    「一体僕は誰と戦っているんだろう。」

当事者でないこの人たちに「再稼働反対」と叫んでも意味が無いし、夜の闇に言葉は吸い込まれていく。
テレビは報じない。言葉で伝えても信じない人が多い。

「私の責任で」と何の担保にもならぬ口先だけの説明で再稼働を決めた野田首相。 抗議行動に関西電力の人は出てこないで、黙って警察を寄越すだけ。

誰も出てこない。 関電さんも、政治家も誰もこない。 警察という本来ぶつかるべきでは無い相手に「再稼働反対」を叫ぶことになる。 次第に、機動隊に検挙されるよりも、よっぽどこっちの方が恐ろしいように思えてきた。

首相官邸前に10万人もの市民が集まって再稼働反対を伝えても、政治家は無視をする。声は物理的に届いているのに。 間接抗議が意味を成さないならば、こうして直接来るしかないじゃないか。

黙ってたら、賛成と見なされる。 だけど声を出したら警察が来る。

                そんなのおかしいじゃないか。

                そんなのおかしいじゃないか!!

                そんなのおかしいじゃないか!!!!

深夜3時、不安と恐怖とやるせなさで、ここから逃げ出したくてしょうがなくなった僕は踊り始めた。 「再稼働反対」と叫びながら踊った。もはや機動隊のことなんてどうでも良かった。

その内、夜が明けてきた。 少し明るくなってきた頃には、機動隊の数もこちら側の数もかなり少なくなっていた。

機動隊の若者の顔がよく見えた。 昨夜は無表情だと思ったその顔に色んな表情が見て取れた。

                眠い顔。そりゃ眠いよね。付き合わせてごめんね。
                うんざりした顔。そりゃうんざりだよね。付き合わせてごめんね。
                メンチ切ってくる人。怖いからやめてー。

                可哀そうだよこんな仕事。

夜通し歌って踊っている人たちに突撃していくんだもん。 こっちが攻撃的だったらもっとやりやすいと思うけど。 なるほど、非暴力というのはそういう効果があるのか。

朝まで踊り続けて、僕は現場から去ることにした。 僕は勤め人だから、月曜日には会社にいかなければならない。

6時間電車に乗って東京についた。  平和だった。   ちょっと前の出来事が嘘のように平和だった。


大飯は今、300人~500人の人数で頑張っている。 ここに1万人来たら確かに止まるよ。物理的な話として。 だから行ける人はとにかく現場に行ってほしい。

大飯原発の次に再稼働させるのは伊方原発だろうと言われている。 確かに遠い。だけど僕はまた休みが取れれば駆け付けようと思っている。

とにかく行ける人が行くしかない。 それは人の優劣じゃなくて それこそ人の質の問題だと思う。


僕は自分のことを「行ける側の人間」だと思った。 行ける人間は行かなきゃいけない。今日もまだ仲間たちが戦っている。

だけど「そんなことが起きてたなんて知らなかった」という言い訳だけはもう止めよう。 テレビも新聞もよく見れば報じている。 僕もフェイスブックやツイッターで逐一報告している。


もし知らなかったのだとしたら、それは「知らなかった」のではなく、「知ろうとしなかった」という自分の選択なんだということを皆が分かっていてほしいと願う。

今は、現場で頑張るソウルメイトの無事をひたすら祈ります。 これからも頑張っていこう。

                再稼働されてもまだ再稼働に反対。                   (引用終り)

最後に Twitter の声を収録しておきます。

大飯から無事帰宅。一本橋を越え、原発へ続く道路には100台近い車。京都・大阪ナンバー多数。次いで福井。東京方面。この場所へ、よほどの決意を胸に来られたことだろう。福島のお母さんの訴えに対岸にいた警察官の目が真っ赤。人々の悲しみと渾身の叫びが雨空に響く。原発はいらない。いりません。

私もそのときを共にしました。何人もの機動隊の方が目をそらす。それだけ心に響いていると感じました。涙でいっぱいの青年もいました。

わたしも見た。泣いてる機動隊員。

もの凄い気力と体力です。どしゃ降りの雨に打たれると、体力を奪われます。 昨日の夜からずっとこのリズムで訴え続けてるんだよ。…ほぼ24時間。すごすぎる。

大戦末期、沖縄に米軍が上陸、多大な犠牲を払う絶望的な戦闘を強いられている時、東京では相撲に興じ、政府も事実を発表せず、新聞もまた報じなかった。

最前線ゾーンは、外部と遮断された形で孤立させられ、その中で重装備の機動隊が反対派市民に圧力をかけた。もし我々が中継をしていなかったら、目撃者のいない「密室の暴行」になっていたかもしれない。

鼻血を出している年配の男性や、機動隊に突き倒された女性も。暴行の場面は中継の画面にも映ったので、目撃した方々も大勢いる。しかし、動画ではわかりにくかったのは、言葉による恫喝。

我々IWJのスタッフの一人は、最前線の機動隊員たちに目をつけられ、外に押し出されて、内側に戻ることを許されず、さらに「機材を取り上げ、パクるぞと脅された」。

「何の容疑ですか」と聞くと、「そんなもん、俺が決めるんだ」と脅されたという。ムチャクチャである。そこまで殺気立っていた機動隊が突然の包囲解除。意図がわからない。事態がのみこめない。

トンネルを背景に、正面に正対している黒ヘルの機動隊は残っている。しかし、一気に100名ほどの機動隊が装甲車など四台に分乗して、現場から去っていった。ほとんどが愛知県警の機動隊。

現場の反対派の若者は、みんな抱き合って喜びあうなど、解放感を表現。その様子を見ていた機動隊員も、緊張がとけて、笑顔を見せたり、涙ぐむ者もいた。

守る若者にとっても攻める機動隊にとっても、夕方から深夜まで続いたこの攻防は、それほどまでに、極限の緊張を強いるものだったのだろう。

ご視聴いただいた、たくさんの方々(40万人)に、声をかけてもらい、それぞれに返信したいのですが、もう睡眠不足と疲労で限界。明日、読ませてもらいます。皆さんに心から感謝! そしてIWJをこれからもよろしくお願いしますm(_ _)
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                     これが大飯原発の現実です。


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