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自衛隊に 「奮励努力」を 促す前に 野田内閣にはやることがある。             日本の主張は、 世界の世論の中で 劣勢に立っていることを 認識すべきだ。

 何を考えているのか、 さっぱり分からぬ 「野田総理」である。 自衛隊観艦式では、 次のような訓辞を行ったのだそうだ。 
                                             (2012年10月14日 スポーツ報知
 野田佳彦首相は14日、海上自衛隊観艦式の 訓示で 「安全保障環境 はかつてなく 厳しさを増し、 領土や 主権をめぐる さまざまな出来事が起きている。 新たな時代 を迎え、自衛隊の使命 は重要性を増している」 と強調し 「諸君が 一層奮励努力する ことを切に望む」と締めくくった。

 「一層奮励努力」は、日本海海戦で 掲げられたことで知られる 「Z旗」 で使われた表現。 訓示では 旧海軍兵学校の 「五省」 も読み上げた。 沖縄県・ 尖閣諸島 や島根県・ 竹島 をめぐり 中国、 韓国との関係が 悪化する中での、旧海軍 を 意識した首相の 訓示は 論議を呼びそうだ。                       (引用終り)

       【五省】
 どのような 経緯があったのか 分からぬから 一概に批判はできぬが、 世界から見て、 今回の 尖閣諸島の領土問題は 日本から仕掛けたもの との認識があろう。 そういうことを含め、 慎重な対応が望まれよう。 が、 この内閣では  対処できまい。

 日本の自衛隊は、 戦争をしない (建前上は) 軍隊である。 入隊する人々も、 そう思って 入隊することが多かろう。 それが、 突然 「派兵」 されれば、 その心理的な負担は 大きなものにならざるを得まい。 東京で ぬくぬくと 議論をしている 連中とは 全く違う 環境下に置かれるのであるから …… アメリカでも、 アフガンや イラクからの 帰還兵の 精神的な病 (やまい) は 大きな社会問題になっている。

                                                    2012年9月27日 中日新聞

 2003年に米国主導で始まったイラク戦争に関連して、中東へ部隊派遣された自衛官のうち、先月までに25人が帰国後に自殺していたことが防衛省への取材で分かった。陸上自衛隊は19人、航空自衛隊は6人に上る。防衛省は「イラク派遣との因果関係は不明」としている。

 陸自は04~06年、イラク南部のサマワに計5500人を、空自は04~08年、計3600人をクウェートに派遣した。海上自衛隊は現地駐留せず自殺者もいなかった。

 自衛隊全体の11年度の自殺者は78人で、自殺率を示す10万人あたり換算で34・2人。イラク特措法で派遣され、帰国後に自殺した隊員を10万人あたりに置き換えると陸自は345・5人で自衛隊全体の10倍、空自は166・7人で5倍になる。

 一般公務員の1・5倍とただでさえ自殺者が多い自衛隊にあっても極めて高率。防衛省の担当者は「帰国後、何年も経過した派遣隊員と1年ごとに調べる隊員の自殺者数を比べても意味がない」と反論。派遣隊員が自殺した時期は明らかになっていないが、陸自のイラク派遣期間中の3年間は毎年90人以上が自殺しており、自衛隊全体の自殺者数を押し上げている。                                                    (引用終り)

 今回、 自衛隊員に 一層 奮励努力することを 切に望まねばならなくなった 原因は 日本が 作ったのであり、-- 中国漁船が 尖閣諸島で 暴れた 事は あったが、 領土問題となるまでには 発展しなかった。 釈放した段階で 両国とも 何とか 納めた。-- それを、実効支配している側が、 石原都知事を筆頭に さらに 煽ったのである。

 特に 急進的な 「皇国史観」で 世論を引っ張っている方々の中に 『我田引水』 的な主張が 多々見られることが心配である。 先ごろ 中国が ニューヨークタイムスに 見開き二面の 「尖閣諸島に対する 意見広告」を 載せたが、 それは それなりの効果があったそうだ。 少なくとも、 無条件で 日本を支持する 空気は 減った とされる。 日本も、 だいぶ 前になるが、(櫻井女史らによる) 「THE FACT」 なる意見広告を 載せた。 その結果、 かえって 反感を持つものが増えた。 なぜか、 冷静に考えるべきだ。

 江戸時代に 「士農工商」 という 身分制度があった。 これは どなたもご存知のことと思う。 これをもって、 江戸幕府が 『農民』を 厚遇したと言えるのかどうか。 ところが、 『皇国史観』的考え方をすれば、 さらに それを補強すべく、 次のように 「例示」するのである。

 「農工商」の内で、 「苗字、帯刀」を 許された人々がいたのは、 農 だけであり、 政策に不満な場合は、 「一揆」を起こして、 その主張を 政治に反映できた。 歴史的事実を 都合の良い部分だけ 都合よく使う  こういう主張の部分があると、 その全体像はともかく、 すべてが 相手側から見ると 「虚偽」に見えてしまうのである。

                                 2012年10月03日 NEWS WEEK  BLOGS  冷泉彰彦
 それにしても、先週末にニューヨーク・タイムズに掲載された尖閣諸島領有権に関わる中国側の広告はインパクトがありました。この新聞はカネさえ払えば、テロリストに近い筋の主張から何から何でも掲載するのですが、それにしても2面見開きで買い付けるというのは異例です。そこに巨大な魚釣島のカラー写真が掲載されているのですから、ビジュアル的にも大変に目立つ広告でした。

 問題は、この広告が相当な「効果」があったようだという点です。例えば、アメリカの公立高校に通っている日本人の生徒によれば、普段は親日的なアメリカ人の生徒(複数)から「あの広告の主張は本当なのか? 尖閣は日本のものと思っていたが、中国の主張にも一理あるようだ」と言われたそうです。

 とにかく、PRに力を入れて、最後には米国世論を中国の味方とまでは行かなくても、日本の味方はさせないようにという、かなり強固な意図を感じます。そして、今回のものはある程度の効果を挙げていると言わざるを得ないのです。

 問題は、この広告の中で、あるいは同時期のLAタイムスの誤報もそうですが、日本による尖閣の領有権確定が「日清戦争の結果の下関条約」によるものだという情報操作があることです。

 どうしてこの情報操作が問題なのかというと、日本国内では実感は薄いかもしれませんが、世界の中では「旧日本の帝国主義」というのは世界史の中では悪玉であり、その「帝国主義的な膨張」の一貫だということになると、尖閣の領有権に関しては日本の味方をする気が「失せて」しまうからです。

 ちなみに、帝国主義的な膨張というのは欧米列強も散々やったわけですが、どうして日本だけが悪玉になっているのかということには、2つの理由があります。1つは、帝国主義の最たるものであるナチスドイツとの同盟で最後の世界大戦を終盤は一国で戦ったこと、そしてもう1つは、その帝国主義的な戦争を行った「国体(国のかたち)」を護持したためです。

 ですから、中国としては、尖閣諸島の領有権確定を「日本の帝国主義」に結びつけ、それに日本が反発すれば、「現代の日本の主張は現在形での帝国主義である」というデタラメな批判が可能になるという、全く身勝手なロジックを持っているわけです。                                              (引用終り)

 冷泉氏の言うように、「デタラメな批判」で「身勝手なロジック」であれば、 いかに 気の良いアメリカ人と言えども そうやすやすと 騙されることはない。 「帝国主義」だけで、 日本を攻撃しても、 その論理は どこかで綻 (ほころ) びる。 話は逆で、 日本の 急進派の方が 「理論破綻」に 陥る場合が多い。

 日韓併合条約 について、 次のように紹介しているブログがある。           (ねずさんのひとりごと 引用)

要するに日韓両国は、互いに独立した主権国家であることを認めたうえで、その主権者である韓国皇帝が日本にその一切の統治権を委ね、これを日本は承諾した、という内容です。

日本に対する世界の評価は、まさに「世界を代表する一等国」だったわけです。 ロシアの南下におびえ、支那による再支配による暗黒時代に決別を期したい朝鮮半島は、むしろ積極的に日本の保護下にはいり、日本と一体となってその叡智を学ぶことで、自身も世界の一等国たらんとしたわけです。

半島人だって人間です。 人として生まれた以上、人として生きたいと望むのは、古今東西いかなる国を問いません。 だからこそ、安心して生きれる道を探すため、考え抜いて日本に統治してもらう道を選んだわけです。

勲功あるものに爵位を授けたり、恩金を払うということは、半島人たちは、日本に元から住む日本人とまったく同等の待遇を得る、ということです。 これが「差別だ」「収奪だ」などと、言う方がおかしい。

日韓併合では、半島人を日本は、日本人として日本人と同等に扱うと、条約に書いている。これは巷間言われる「植民地支配した」などというものではなく、あくまで日韓併合は、「対等な政治的「併合」である、ということです。

そして実際には、苦しいところ、たいへんなことは、むしろ日本人がこれを担い、半島人にはできるだけ負担をかけないよう、さまざまな配慮をしている。対等どころが、政治的、経済的、道徳的には、むしろ敬いの心をもって彼らを保護しています。

時代がずっと下がって大東亜戦争に至っても、本来、植民地支配なら、敵国と戦うときには、まず植民地の兵隊を先にたてて戦わせるのがセオリーです。

けれど当時の日本は、半島人をそのように使わなかった。苦しい戦いでも、まず命を的にして戦ったのは日本人兵です。むしろ朝鮮人は、多くの場合、軍属として手厚く保護した。多くの日本兵は、彼らを守るために死んでいったのです。

それが歴史の事実です。                                           (引用終り)


 有名な方が、 ここまで断定してしまうと、 これを読んだ若い人々の多くが 「朝鮮人には、何をしてやっても無駄だ。 早く手を切れ。」と思っても致し方ない。 条約を結んだ当初、 日本政府が どのように思っていたか、 真実は分からない。 ここに書かれてあった通りかも知れぬ。 しかし、 実際 運用する場面で、 すべての日本人に その内容が 正しく伝わっていたかどうか は疑わしい。 ここに書かれているように、 差別なく統治が行われたのであろうか。

 最後の戦争の場面に至っては、 『都合よすぎる解釈』と言われても 仕方あるまい。 軍属として、 武器を持たせなかったのは、 訓練不足と共に、 そこまで 「信用できなかった」 だけに過ぎまい。 武器を渡せば、 敵ではなく 自分が撃たれることを恐れたのではないだろうか。

 沖縄通信 No13   日本軍捕虜収容所  に 次のように書かれている。 とは言っても、 これが全くの真実かどうかは 断言できないが、 そういう事は 十分 ありえるだろうな とは 思える。                (以下引用)

 沖縄最大の 収容所である 屋嘉捕虜収容所(写真/屋嘉日本軍捕虜収容所の全景・金武町屋嘉)は 日本人棟、沖縄人棟、朝鮮人棟、それに 日本軍将校棟 の四つに 区分けされていた。 区分けは 彼らの対立に 手をやいた 米軍が考えだしたものだが、 それは日本、沖縄、朝鮮 三すくみの近代史 を浮かび上がらせることともなった。

  屋嘉収~1

 自らを「純粋な日本人」と意識し、沖縄の人の上に 自分たちを位置づける 本土出身将兵と、日本人の "亜種"としかみられない 沖縄人。 それに、本来はれっきとした 独立民族 なのに その双方から 虐げられつづけた 朝鮮人という 構図である。

 本土出身将兵は、 概して 自分を国家の 枠組みのなかに位置づけよう とする傾向が 強かった。 それは「8月15日以前の投降者」と「それ以後」の 投降者の確執 というかたちで表れた。 "敗戦以後の捕虜"は、 自分たちを 「天皇陛下の命令で捕虜になった」 と言って 正当化し、 "敗戦以前の捕虜"を「本物の捕虜」、 つまり 恥ずべき者として 断罪した。 非国民をつくることで 自分たちの グレードを高めようとしたのだ。

 だが沖縄人(うちなーんちゅ)は違った。 彼らの多くは 日本や日本人を 冷めた目 で見ていた。 身を挺して 国に尽くしたはずだったのに、 沖縄人に対する 戦場の日本兵の目は 不信と 猜疑心に 満ちていた。 スパイとみなされて 殺された沖縄人が どれほどいたか。 投降しようとして 背後から 銃で撃ち殺された者も 少なくはなかった。 そのあげくの敗戦である。

 沖縄出身兵士のなかにも 下克上に 加わった者はいる。 しかし、日本軍兵士のような 「むやみやたらの報復」 とは違った。 戦場で 部下に 無謀な抵抗を強いたり、 住民をスパイ視して 殺害したりした 日本軍守備隊隊長 への抗議などが それである。 つまり、理にかなった制裁であった。

 明暗がきわだったのは 日本兵(軍) と 朝鮮人軍夫 との 関係であった。 戦場での 朝鮮人軍夫は 沖縄人より 下に位置づけられ、 牛馬のような 扱われ方をした。 ところが、 8月15日を期して その立場は 完全に逆転した。 天皇の詔勅により 日本の敗戦が事実とわかると、 日本人棟と 沖縄人棟は 水を打ったように静まり返った。 しかし 朝鮮人棟では 空き缶を打ち鳴らして 歓喜にわいた。 そしてその日から 日本人将校への リンチがはじまった。 彼らは 36年に及ぶ "日帝支配" に 民族の 恨みと怒り を一気に 爆発させたのだ。

 収容所の 管理にあたる 米兵たちは、 こうした 捕虜たちの 三者三様の 心理を よく見抜いていた。 彼らは 琉球や 朝鮮の歴史を よく勉強していた。 「日本に侵略された民族」 である沖縄人と 「日本の植民地にされた民族」 である 朝鮮人には 好意的に対応したが、 本土出身の 将兵には 敵意をむき出しにして 立ち向かった。

 なかには、沖縄人棟の 便所掃除を 日本軍将校に させた者もいた。 米兵たちは ことあるごとに 日本兵を "東条イッセー"  と罵った。 あとでわかったことだが、 それは 「東条糞食らえ」 という意味だったという。 東条とは、後に アメリカが 「A 級戦犯」 として 絞首刑にした 大戦当時の 総理大臣 兼陸軍大臣 の 東条英機 のことだ。

 一方、捕われた側の 心理は、 彼らが 収容所に送り込まれた時に 見せた表情に 現れていた。 朝鮮人と沖縄人は 安堵の表情を 垣間見せ、 昼も夜も 死んだように 眠りつづけた。

 これに対し 日本人将兵は 極度の緊張に 表情をこわばらせ、 「自分たちはいつ殺されるのか」 との 不安に襲われつづけた。 戦時中に 不当行為を 犯した者ほど "明日の我が身"を恐れた。 多くの者が 偽名をつかった。 座して死を待つよりはと、 逃亡をくわだて 射殺された者もいた。

 "敗戦以後の捕虜"が 進んで 捕虜の差別化に 走ったのは、 天皇の 後ろ楯 を得ることで 身の安全を図ろう としたためであった。

 鉄条網で仕切られ、正確な 情報もない 狭い収容所のなかで 「戦前」から「戦後」 へ、軍国主義 から 民主主義へ 価値観を 180度 換えることもまた、 至難の業で あっただろう。

 それにつけても、収容所のなかで 敗戦直後に 浮かび上がった  日本、 沖縄、 朝鮮 三者 それぞれの精神風景は 半世紀を経た以後も ほとんど変わっていないことに気づく。 この三者の 融合の核 にならなければならないのは、 言うまでもなく 「日本」 なのに、である。                                  (引用終り)

 今 日本の主張を 声高に 代弁している 著名な方々に お願いしたい。 日本に不利な情報にも 果敢に挑み、 それを論破できる  理論を構築してもらいたい。 今のように、 不利な情報には 耳を貸さず、 つまみ食い的に 日本に有利な 事柄のみを 列挙していては、 世界の世論は 着いて来てはくれまい。

 日本の主張が 受け入れられないのは 世界の人々が 愚かで、 思慮が足りないからではない。 我々 日本側の主張に 弱点があるからであって、 相手を納得させるだけの 理論になっていない、ということだ。 こういう 意見の 最先端を走る 櫻井女史でも、 次のように書いて、 日本の劣勢を認めている。 ただ、 その劣勢の原因を 自分たちにあるのではなく、 アメリカ人や 中国、 韓国の プロパガンダが 原因だとしているのだが …… 。
 
                                        『週刊新潮』 2012年9月6日号  櫻井よしこ 
「繊細な歴史問題は米国が何らの判断を示すべきものではない」と断りながら、日韓の緊張緩和に、米国は最大限の外交的努力を行なうべきだと明記して、こう述べている。「日本が、日韓関係を複雑化し続ける歴史問題を直視することが重要だ」。

歴史問題、具体的には慰安婦問題を日本は直視し、認めるべきだと言っているわけだ。歴史問題に関して、米国の識者の多くは日本に厳しい。その米国の姿勢は、歴史問題に関心を抱き、長年、事実関係を詳細に調べてきた立場でいえば、必ずしも論理や事実を踏まえたものではない場合が多い。これは日本にとっては実に恐ろしいことである。

米国の知識層は、「南京大虐殺」も「従軍慰安婦」も、日本の主張でなく中国や韓国の主張の枠組みで考えがちだ。親日、知日派の人々の中にも根深く浸透しているこの歴史観は、時に、米国をして、日本の頭越しに中国や韓国と手を結ばせかねない力を持つ。

だからこそ日本はいま、人材、資力、知力を注ぎ込んで、日本の前に立ち塞がる歴史問題のこの分厚い誤解の壁を少しずつでも突き崩していかなければならない。                                   (引用終り)

 「日本の領土であることは、明々白々」とだけ言って すむ問題ではない。 「南京大虐殺」も 中国人どおしの殺し合いであり、 日本軍によるものは、0人である、 という理論は 本当に 他国を納得させられるのか。「従軍慰安婦」は 朝鮮人が 高額な給与に 魅せられて、 (本人、家族はともかく)慰安婦になったのであり、 日本軍が 強制したものは 0人である、 は 相手を論破できるほどの 理論になっているのか。

 またまた、 長い文章になってしまった。 ここから 先は 皆さんの判断にお任せするしかない。 いずれにしても、 ご自分で もう一度確かめ、 真実を見つけていただくほかはなさそうである。


                   最後までお付き合いいただき、 ありがとうございました。



 
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COMMENT 1

portnord  2012, 10. 16 [Tue] 13:45

様々な視点から考察されている かなり面白いプログなのに、閲覧者やコメントが少ないのが不思議。
ネト右も、そうでないひとにも訪問して欲しい。

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