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なぜ若者は政治に怒らないのか。  ゆとり教育の問題点  

 日本が「一億総中流」という国であったことを知らない世代が増えてきていると思う。

 国民の80パーセントが「中流」と答えた時期があった国である。もちろん、それが事実であったか否かは異論があろうが、国民の意識として「そう思っていた」のである。

 多くのブロガー諸氏が「顔も見たくない人物」が二人(竹中・小泉)いると思うが、私はそれ以外に「尾木直樹」という教育評論家が加わる。

 1990年代、「日本」は絶頂期を迎えた。そのころ、ゆとりの教育が必要だと文部省が宣伝しまくったものだ。その手先として利用されたのが「尾木直樹」であった。

 当然彼はそれ以前から、ゆとり教育を主張していたのだろうが、この方針をテレビなどで宣伝した罪は大きい。また、いまだに反省の色もないのは「竹中平蔵」と変わらない。

 教育に関心がない方は少し我慢して読んでいただきたい。これが、今の日本の若者の現状の根幹にある問題点だからである。

 ゆとり教育は、例えば4×3=12を覚えるのでなく、なぜ4×3が12となるかを考えるようにする、というようにして始められた。小学2年生である。「尾木直樹」先生は言う。『小学生は我々の思いもつかない発想をします。それを大事にして………』と。

 しかし、それは偶然に思いつきで言ったことが、大人としてすばらしい発想と受け止められることもあるが、万に一つのことであって、しょっちゅうではない、本当に偶然に過ぎないのである。それよりも、しっかり、4×3=12(シサンジュウニ) を覚えてもらったほうがすばらしかったに違いない。

 こうして20年間もこの教育を続け、更に悪いことに「絶対評価・内申重視」を推し進めていったのである。こうして、基礎的な知識がなく、教師の顔色を伺い、反論や挑戦をしない大勢の若者を作り出してしまったのである。----詳しく傍証をあげると長くなりすぎるのでひとまずここで切り上げるが---

 Tak Tam Kanga さんのブログより 引用 その結果、現在、大学(を始めとする後期高等教育機関全体)に在籍する若者達がどの程度の論理的思考力を持っているか、実業を背景に出講し、毎日対峙させられる側としては嘆き悲しむばかりである。

 この現況は、いわゆる偏差値には、ほとんど関わりがない:
薄っぺらい「暗記力」とそれを問われた際の瞬発的回答力は鍛錬されているが、「知識」として体系に整理されていないから、実際の論理的思考力を求められる場面では、ほとんど役に立たない。こんな事を「中期高等教育」の場で強要され続けてきたようである。
 従って、論理的なように見えるのは、その多くが「主観的思考力」に立脚しており、事実に基づく「論理的思考力」は皆無に近い。

 日本も1992年に絶頂期を迎え、生産拠点の海外展開が本格的に始まるのである。

 当然ながら、日本国内で「汗の労働」が減少するのは自然な事だ。いまや「知の労働」も減少傾向を窺う情勢にも見える。
 でも「ゆとり教育」の世代は、根本的に「危機感」がないため、「アルバイトでもイイわ!」と簡単に結論づけてしまうのである。

 それは、形を変えた「(生涯)奴隷労働」への途である。結果は、都合良く「若いエネルギー」を巧妙に「使い捨てられ」オシマイとなるワケだ。
 それでも、個人主義を極限まで発達させた「ゆとり世代」の若者は、その怒りを「政治」へ向けて爆発させる事もしないのである。
 所詮は、WEB上の仲間内でグチャグチャ言い合い溜飲を下げ、おとなしく引っ込んでしまうのである。なぜ、政治へ怒りをぶっつけないのか?
                              ---引用終わり

 団塊の世代が小泉、阿部内閣あたりにいたら、国会の周りを取り巻いていたのではないか。自分と同じ世代の若者が7人に1人も貧困状態であるのに、なぜ政治に対して「怒り」を爆発させないか?

 多くの中年以上のものは心の片隅に、そう疑問に感じているのではなかろうか。その答えが残念ながらゆとりの教育にあったと私は考える。

 今の経済の低迷、それによる社会の混乱は、今日までの「政策無策」が最大の原因である。

 とりわけ、小泉純一郎が主導した10年ほど前から今日へ至る過程で生じた「切り捨て」に対する「社会的フォローの欠如」、(自己責任を唱えて、政治の責任にしなかった)さらに「産業戦略」をもたずただ自分の怨念を晴らすために「郵政民営化」だけが政策らしい政策であった。グランドデザインがなかったのである。(経済には関心がなかった。『株は上がったり下がったりするものだ。』と7000円台まで放置した。もちろん、これは善意に解釈してのことで多くのブロガー諸氏の言われるように外資に安く売り渡すためだったのかもしれない。)

 小泉内閣で唯一閣僚らしい閣僚であった竹中平蔵は、経済の低迷を金融で乗り切ろうとしたが、結果的に上手くいかなかった。(拝金主義を勢いづかせ「儲けることは悪いことですか」なるコメントをテレビで述べる投資家もいましたネ。)
 生産現場への派遣労働や日雇い派遣だけを合法化し、「多様な雇用機会を創造提供した」と、本人は主張している。もちろん、今はその業種の会社の会長まで務めている。
 経団連にしても「副会長」が人材派遣会社の女社長で、同様に多様な雇用機会を生み出している、とテレビでこの構造改革を援護している。
 これらの構造改革で「いざなぎ景気を超える今までで最長の好景気」になったはずが、一儲けできる側には莫大な利益を提供したが、そこへ巻き込まれた若者は職と人生を失ったのである。

 7人に一人が「貧困」に喘ぐ社会というのは、産業の転換を図る上での過渡期現象だと強弁しても、それはあまりに無茶苦茶話である。

 では、何年か後に巧く「産業構造が転換できた」として、その際、いまあぶれてしまっている「若者」とその周辺で「貧困」に喘ぐ「ヒト」達をどのような職業(労働の場)を与えようと考えるのか。

 今、鳩山内閣が「郵政民営化』見直しに取り組んでいる。鳩山、管両氏とも団塊の世代である。
 彼らが今大学生であったら、政治に怒りをぶつけていただろうと思われる。今の若い世代が忘れていることを違う形(政権与党という)でやることは不思議な気もするが、「最悪の10年」を何とか取り戻してもらいたいと思う。

 今はまだ、新政権としてドタバタしているのかもしれないが、旧政権時代の影の部分についてしっかり検証していくように心から願っている。

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COMMENT - 4

ゴンザレス  2011, 07. 21 [Thu] 23:02

多様な仕事社会は幻想

【人材派遣労働者は縄脱けが難しい仕事。】
人材派遣労働者は、「苦界」と呼ばれていた、遊女、芸者の世界に似ている。人材派遣労働は、同一労働同一賃金が保証されてはいない。低賃金労働者の一種だ。それに不安定な身分だ。次の正社員となるまでの繋ぎ仕事、アルバイトの一種であるなら、「多様な仕事社会」と言えるかもしれない。しかし、現実には、そうではない。人材派遣労働に就いた事は、社会は「負け犬」評価する。人材派遣労働した経歴を一旦持ってしまうと、正社員採用には相応しくないと見られかねない。マイナス評価の経歴となってしまう。即ち経歴に「傷」が付くのだ。転落過程の消耗人材と見なされる。だから一旦人材派遣の世界に足を踏み入れると、なかなか足抜けが出来なくなる。「企業が望むような高いスキルの人ならば直接企業に正社員採用されるはずだ。人材派遣に行ったのはダメなレベルの人だったからでは?」と疑われるのだ。ハイレベルな仕事が出来ないダメ連中ではないのか?と見られるのだ。そして、低賃金を甘受せざるを得ないようなダメ労働者ではないか?と低く見られる。そして低賃金故に貯金がなかなか貯まらない。だから、思い切って失業しながら新たな職探しをする事は困難となる。

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リュウマのパパ  2011, 07. 21 [Thu] 23:20

Re: 多様な仕事社会は幻想

> 【人材派遣労働者は縄脱けが難しい仕事。】

 おっしゃられていることは、正に真実だと思います。そして、「防衛族」たちが戦争を起こしても、彼らや彼らの親族は決して前線には行きません。前線に送り込まれるのは、「われわれ」です。

 ろくな作戦も戦略もないのですから、また、負け戦でしょう。しかし、我々には「先の太平洋戦争」と同じように、何らの保証もないでしょう。前線に行かずに、広報で「ああでもない、こうでもない」と、いっていた連中には「軍人恩給」がたの社会保障とは別に年600万から支給されるでしょう。

 台湾から来た「オバサン」がまた、靖国神社に参らないのは非国民だ、とテレビでのたまうでしょう。ろくな武器も訓練も与えられず、底から抜け出すことも許されず、親でも一切の保証も無く、他方、それらに責任のあるものには、戦後50兆円からの軍人恩給を支給している……

 全く「現代」も戦後の世の中も同じような仕組みだと分かります。低階層の国民が「反乱」を起こす以外、道はないのですかネェ。

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ゴンザレス  2011, 07. 22 [Fri] 04:52

怒りたくても怒これない

【怒りたくても怒れない!】
一番怒っている人達は誰だと思いますか?低賃金の深夜労働者なんです。昼間は寝ていますから、怒りの矛先をどこに向けたら良いのか分からないのです。だからツイッターやブログ上でブツブツ言う位しかありません。まさか、夜中にデモ行進したり、太鼓やドラを叩いたりは出来ませんから。また、公園で深夜に焚き火して、拡声器でガンガンやる分けにはいかないでしょう。ツイッターやブログを読むと、けっこう与党政府に対する彼ら若者からの風当たりが凄い事が分かりますよ。ただ残念な事に、若い世代の人達は、学生時代に論理的に政府やマスコミを批判するディベートのやり方を学んではいませんから、ただ感情的に悪口を書き込む例が多いのです。それに、論理を組み立てる際に必要な武器に成り得る各種知識が十分ではありません。それに若者は仕事では身分が不安定ですから、雇い主から「政治的に中立」である事を要求されたら、沈黙せざるを得なくなります。年功序列や終身雇用の保証が無ければ、政治運動は危なくて、とても出来ません。それに加えて、収入減少、ノルマアップ、リストラ加速、サービス残業要求ですから、怒るエネルギーも、枯れて無くなっているのです。

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リュウマのパパ  2011, 07. 22 [Fri] 22:46

Re: 怒りたくても怒これない

> 【怒りたくても怒れない!】
> 一番怒っている人達は誰だと思いますか?低賃金の深夜労働者なんです。……沈黙せざるを得なくなります。……政治運動は危なくて、とても出来ません。怒るエネルギーも、枯れて無くなっているのです。

 大筋では全く賛成です。でも、結論は違います。倒すべき政府は「革命」であっても倒すべきでしょう。そのためには、自らの明日の生活を考えては絶対に出来ません。命の補償もないわけですから。ということは、まだ日本ではそこまで「大半」の国民が追い詰められていないのではないかと思っています。

 私は、革命で政権を変えようとは思っていません。リスクが大きすぎるので、できれば「富裕層」の人々が、そうならない方策を真剣に考えるような雰囲気が大事だと思っています。ところが、ここ十数年、富裕層を優遇する政権、政策が続き、富裕層自体も、それに甘え、下層国民への思いやりを忘れ、自己の利益追求のみに勤(いそ)しんでいるように思えます。

 今後も、貧困層が増えていくでしょうが、明日の生活を考えていては、何も変わらないと思います。かと言って、彼らが革命を起こすとも思いません。革命には、心のよりどころとなるリーダーが必要です。自分の明日を犠牲にしても、みんなのための未来を手にしたいという「気持ちを奮い立たせる」リーダーが必要なのです。

 こういう明日を作るのだ、という理論家も必要でしょう。「明日のおにぎり」を考えなければならない「私たち」には、そこまでの余裕がないでしょう。革命の中には、極貧の者だけで達成したモノもあるのかもしれませんが、多くはその中心に「富裕層の中で正義感に燃える」人がいます。

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