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東北、福島の復興を達成して、 東京五輪は 成功させねばならない。 国益や国力と、 国民の幸せは どちらが大切なんだろう。 

 オリンピックが 「東京開催」で 決まった。 他都市も含めて、 「いかに 不利な点が少ないか」を 競ったような 開催都市決定だった。 マドリードは 財政不安、 その上に 過剰接待で IOCから 注意をうけ、 イスタンブールは、 反政府デモの 強制鎮圧、 隣国シリアの混乱、 東京は 原発事故と 帝国主義の台頭、 いずれの都市も 問題だらけだ。  これだけなら、 マドリードかな、 とも思ったが、 これに 「薬物使用」が 追い討ちをかけた。 結果として 晴れて (?) 東京が選ばれたわけだ。 失点が 一番少なかったということだろう。 これは これで良かったとも言える。 少なくとも、 表面上は 2020年までに 「原発事故は収束」させるように するだろうし、 「被災地の復興」も ある程度は できるだろう。 

 今までですら、 日本の 「原発報道」は 管制されているかのような 報道ばかりだったが、 これからは もっと 「自主規制」が 行われるのかもしれない。 また、 一部 「極右サイト」では、 『新大久保のデモが 世界に認知された。』などと、 わめいているところもある。 外国の報道機関は 「ガイガーカウンター」を 片手に 日本を頻繁に訪れることになろうが、 その際 是非とも 「新大久保」の ヘイトデモも取材すべきだろう。 東京五輪までには、 いずれも 正しておかねばならない。

 ところで、 原発事故のおかげでブレークした 怪しげな連中を多く見かける。  中でもタチが悪いのは、大学教授や、経歴的に専門家に分類される連中だろう。 武田 邦彦とかいう 大学教授 (なのだそうだ) も その一人だろう。 -- wiki によると

武田 邦彦 (たけだ くにひこ、1943年6月3日 - ) 1966年 東京大学教養学部基礎科学科卒業、環境評論家。

専門は資源材料工学で、機能材料構造を研究テーマとしているが、一般的知名度を上げたのは、地球環境問題について定説と異なる独自の主張を展開したことによる。武田は主張のコンセプトについて「科学者」「教育者」として「環境を科学から見る」としているが、その主張は多くの批判を受けている。
  -- なのだそうだが、 ウラン関係は 専門家であるらしいのだが、 最近は 歴史認識まで 言及している。 発言する以上は よほど しっかり調べてのことと思うが、 今までのように 「トンデモ」と いわれぬように してもらいたいものだが、 とても 調べての発言とは思えない。

 こういう トンデモ発言でも、 積もり積もって 「若い世代」が 信じるようになる。 ご自身は 「戦争に破れた原因は今まで、反日日本人を中心にして膨大な書籍があるし、私たちもあふれるほどの反日教育を受けてきた ので、くり返す必要は無い。」 などと、 反日日本人のレッテルを張り、あふれるほどの 反日教育を受けてきた、 と書いているが、 科学者として 一方的な文章を ポッと出すだけなど、 おかしいとは思わないのだろうか。 -- 特に 近代史の教育は どの世代でも 行われていないというのが、 私の結論であることは何度も書いた。あふれるほどの 反日教育など、 誰も受けていないのだ。

                                                         毒蛇山荘日記 より 引用
Twitterで、武田邦彦の正体を暴露する以下のようなコメントが届いた。武田邦彦が、今、現在、どういう「原発論」の思想を持っているのか知らないが、 少なくとも 「2010/08/27」の時点では、 熱烈な原発擁護論者であり、 強烈な原発推進派であったことは、 以下の記録証拠を確認すると、 まぎれもない事実のようである。

"@hyohyohyon: @yamazakikoutaro @T_akagi これどうぞ。3:10あたり。「一番いいのはやっぱりね、電力ではもちろん言うまでもなく原子力。だけしかないんですよ。」2010/08/27の武田邦彦、堂々と力強く原子力を語る。動かぬ証拠

 しかも この番組を提供したのは、 電力中央研究所、 東電工業、 東電環境エンジニアリングなど、 東電関連の会社のようである。 おそらく それなりの出演料をもらって スポンサーに迎合したのかどうかは分からないが、 かなり強引な原発擁護の論陣を張ったのであろう と推察する。 例えば、 「電力で一番いいのは原発。 それ以外にない。」「 太陽光発電も 風力発電もダメ・・・」 と力説している。 武田は、 いわゆる「東電文化人」 「原発擁護文化人」 だったのであろう。 それが、 フクシマ原発事故後になると・・・。

 次のような記事が「平成23年3月12日執筆」として載っている。 内容は、 明らかに原発の危険性を指摘し、 政府や 東電の原発事故処理を批判するものである。 まるっきり 立場が違っている。 驚くべき変節である。 しかし、 本人の頭の中では、 「わたくしは4年程前、 『日本の原子力発電所は地震によって倒れるようにて設計されている』 と発言しましたが、 ほとんど相手にされませんでした -- 中略 -- まことに便利な頭脳らしい
                                                                (引用終り)

 テレビに出たいがために 「そうするのだ」と 書いてある人もいるくらい、 テレビの出演が スキなのだそうだ。 「〇〇委員会」などでも、 さげすまれながら、 ニコニコ笑っている。 ご自分は どうでもよいが、 これが正論のような顔をして、 話されるのだけは 勘弁願いたい。 まあ、 確かに 今の修正主義を作った 人々は 定説と異なる独自の主張を展開したのだから、 武田教授も 修正主義の 「中興の祖」となるのかもしれない。

  ぱんだとらんすれーたー さんが もし、日本がアメリカに勝利していたら・・・ フランスの反応   注:記事はジョークで形成されています で こんな文を載せている。 まさに、 現代日本の 「修正主義者」の 主張を そのまま 言い表しているので お借りした。
                                                 ぱんだとらんすれーたー さん 引用
 1941年、 欧州で勃発した 偉大なる枢軸国と 下劣なる連合国の戦いは、 退廃的弱小国家フランスの降伏という形で推移していた。 ナチズムという思想的優越、 工業力的優越を有する ドイツ第三帝国の勢いは 止まることなく、 もはや欧州の覇権争いは 友邦ドイツの勝利で幕を閉じる事となるのは明白であった。

 我が帝国では、 長年に渡って 亜細亜に蔓延り搾取を続けてきた 米英植民地主義者共に心を痛めていたものの、 平和主義政策によって 介入を控えていた。 されど 自由主義の豚共が 帝国の平和的内政(支那事変)に 理不尽極まりない干渉を行い、 石油全面輸出禁止という 不当なる措置を敢行。

 帝国は 平和の名の下に 対話による解決を試みるも、 資本主義の亡者達は これを拒絶。 挙句の果てにハル・ノートなる 無礼極まりない提案を行う始末であった。 これに対し、 帝国の近衛内閣は 断腸の思いで 堕落した連合国に対し 聖戦を決意、 1941年12月8日、 鬼畜米国に支配された ハワイ、真珠湾に対し 機動部隊による 先制攻撃を敢行し、 ここに大東亜戦争が勃発した。 圧倒的国力差は明白であるが、 精神無き米英に 我が帝国の精鋭が敗れる事は 決してない。 正義の志を持ち 亜細亜解放を夢見る烈士達の前に立ちはだかる 功利主義の豚は、 もはや障害ですらないのだ。                                  (引用終り)

 こういう論調に 「そうだ」といえる人々が、 「修正主義者」である。 他国に侵略したのではない、 条約に基づいて 行ったのだ、 などと、 正義面をして 書き連ねてあるブログがあるが、 「満蒙開拓団」 (満州事変以降太平洋戦争までの期間に日本政府の国策によって推進された、中国大陸の旧満州、内蒙古、華北に入植した日本人移民の総称) が ソ連の侵攻で 帰国し、 再び ブラジルなどへ 入植移民として 送られた際に、 「本当に 満州の人々に 申し訳の無いことをしたことが、 今初めてわかった」と、 言ったが、 満州は 「無人の荒野」では無かった。 そこには、 先祖伝来、 こつこつと 畑を作り 貧しいながらも生活していた 人々がいたのである。 その人々を 追い出し、それを 我が領土としたことは、どう言いつくろっても、 正しいことだとは言えないのである。 「国益」や 「国防」しか 頭に無い人間は、 そこに住む 個人の生死など どうでも良いのであろう。

 まとまりに欠けるが ここでアップしておきます。 ごめんなさい。




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