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中韓レベルに落ちた 「日本の抗議運動」は、 日本への好意的な見方を 世界から消滅させるだけで終るだろう。

 以前、取り上げた「アメリカ大使館の Facebook 炎上」について simatyan2 さんが 次のように書いている。

                                                              simatyan2 のブログ
 安倍晋三の靖国参拝で狂喜乱舞したネトウヨたちが、アメリカの失望したと言う表明を受けて発狂しています。なんとアメリカ大使館のフェイスブックを炎上させているのです。

 上の書き込みで、
「日本を舐めない方がいいですよ。  その気になれば数週間で核の数発は用意できます。  日本は世界で1番怒らせると厄介な国であることは先の大戦で 学んでるでしょ?  速やかに撤回しなさい」
などという書き込みにはさすがのネトウヨでも引いています。


 日ごろ「シナやチョンが、いちいちうるさくてしつこい」と言ってるネトウヨが 同じようなことをやってるわけで、 これが 日本の恥になることがわからないんですかね。 それと 騒げば騒ぐほどネトウヨたちの信奉している 安倍晋三が 窮地に立たされる のも解っていないようです。

 ところで このネトウヨなる存在、 麻生政権のころから 本格的に活躍し始めています。 途中政権交代などがありましたが、 その間も暗躍を続けて 今は 安倍内閣の副官房長官に出世しました。 近畿大学の理事長でもある 世耕弘成なら 学生を手懐 (てなず) けるのに は慣れています。

 しかし 育て上げたネトウヨたちが、 最近は一人歩きして 制御が効かなくなってる みたいです。 もともと 社会から爪弾 (つまはじ) きにあうような連中を ネトウヨとして利用しているうちに、 愛国を笠に着て 好き勝手に動き始めた のです。 だからもう 手がつけられないレベルに達している のです。 今回のように 嫌中嫌韓を煽ってるはずが、 いつの間にか 批判してる相手と同レベルのことやって、 世界中から 嘲笑されはじめたのです。 孤立化する日本、 この後始末は 誰が責任取るんでしょうかね。
                                   (引用終り)

 少し前のことだが、 アメリカに 慰安婦像ができ、 日本の政治家を含む 「右翼団体」が 抗議を重ねていることは 伝えた。 「お前たちに 日本を批判する資格はない。 占領後 アメリカ軍は 『女』を要求したではないか。 日本でも、ベトナムでも レイプした。 日本の都市を爆撃し、 大量虐殺をした。 原爆も落とした。 恥を知れ。」などという調子で、 アメリカの姿勢を非難してきた。 その1つの 『結果』が出た。 民主党だから、 バカな「オバマ」だから … では どうもなさそうだ。 共和党が 政権をとっても、 今の状況は続くだろう。
                                                          XINHUA.JP 2月4日(火)
 米下院のエドワード・ロイス外交委員長 (共和党) が1月31日、カリフォルニア州グレンデール市にある慰安婦を象徴する少女像に献花した。韓国・KBSワールドの中国語電子版が1日伝えた。 ロイス氏は現地を訪れて献花した後、最近死去した元慰安婦、黄金子さんへの弔意も示した。

               慰安婦像を訪れる

 ロイス氏は報道陣に対して、「われわれは学校や公共の場所で 教科書などを通じ、 日本の戦争犯罪について 正確な知識を学ぶべきだ。 日本が像の排除を求めることは 筋が通らない 」と語った。 下院外交委員長は米国の外交政策に大きな影響力を持つ。そのためロイス氏が慰安婦少女像に献花したことは、日本政府に対して一定の圧力となるとの見方がある。                                                  (引用終り)

 「慰安婦非難決議」の段階から、 日本の 『一部』の人々は 反対の声を上げ始めた。 〇〇アクションなどと 抗議のメールを 大量発信した。 「親韓派」ばかりでもなかった 議会の空気は 「ガラリ」と変わり 全会一致で 通ってしまった。 更に 「慰安婦像」まで 設置されようとされた。 これに対しても 『強烈な抗議』を し続けた。が、 これもあえなく 建立が決まった。 そこで、 この像の撤去を求めて、 『ホワイトハウス』へ 猛然と 抗議した。 その結果の『現実』が 今 目の前にある。 

 もちろん、 彼らに 反省はない。 こういう結果になったのは、「アメリカ人全員が バカだから」であり、 「韓国マネーをもらい、 韓国人票ほしさ」で やっているからだ、 と思い込む。 だから、 自分たちの方法が いかに 日本を世界から 孤立させているのか、 国益を損ねているか、自分たちの言い分が なぜ 世界から理解されないのか、 検証することもない。

                                                            祭りの後の祭り 引用
 近年、 「軍による強制はなかった」 等の 政治家や マスコミによる歴史歪曲発言(報道)が繰り返され、 「慰安婦」 は「商行為(売春婦)」だったなどの暴言も 公的に反論されない状況が続く中で、 多くの人々には 何が真実なのかが曖昧にされる状況が強まっていることに危機感を抱いた筆者ら  (坪川宏子・大森典子著 『司法が認定した日本軍「慰安婦」――被害・加害事実は消せない!』(かもがわブックレット、2011年)定価600円、頁数64頁) が、 裁判所という 日本の国家機関によって認定された 「事実」 をもっと広く 周知・広報する必要があると 考えたことである。

 本ブックレットに記載された事実はあまりにも痛ましく、人間の尊厳をこれほど根底的に蹂躙する行為は他には考えられない ほどである。引用するのも憚 (はばか) られるほどではあるが、安い本なので、一人でも多くの方が本書を手に取られることを希望する

関釜元慰安婦訴訟第一審・山口地方裁判所下関支部1998年4月27日判決(抜粋)

 (1) 慰安婦原告らが、 いずれもその貧困のため、 慰安所経営者と思われる人物の甘言に乗せられ、 不任意に 旧日本軍の関与する慰安所に連行され、 監禁同然にして、 長期間、慰安婦として 旧日本軍人との性交を強要されたこと、 同原告らが被った肉体的・精神的苦痛は極めて苛酷なものであり、 帰国後もその恥辱に苛まれ、 今なお心身ともに癒すことのできない苦悩のうちにあることは、 前記事実問題においてみたとおりである。

 そして、 この従軍慰安婦制度が、 原告らの主張するとおり、 徹底した女性差別、 民族差別思想の現れであり、 女性の人格の尊厳を 根底から侵し、 民族の誇りを踏みにじるものであって、 しかも、 決して過去の問題ではなく、 現在においても 克服すべき 根源的人権問題であることも また明らかである。

 例えば、甲一四(四五頁以下)に次の資料がある。

 昭和一三年三月、常州駐屯間内務規定、独立攻城砲兵第二大隊
 第九章 慰安所使用規定
 「単価   使用時間は一人一時間を限度とす

 支那人 一円〇〇銭
 半島人 一円五十銭
 日本人 二円〇〇銭


 「慰安所内に於て飲酒するを禁す」
 「女は総て有毒者と思惟し防毒に関し万全を期すべし」
 「営業者は酒肴茶菓の饗応を禁す」
 「営業者は特に許したる場所以外に外出するを禁す」
 慰安所という名の施設の「使用」規定であり、「使用」単価、料金であり、「使用」限度時間である。酒肴茶菓の饗応、接待もなく、ただ性交するだけの施設がここにあり、慰安婦とはその施設の必需の備付品のごとく、もはや売(買)春ともいえない、単なる性交、単なる性的欲望の解消のみがここにある。そして、前記事実問題でみた慰安所開設の目的と慰安婦たちの日常とに鑑みれば、まさに性奴隷としての慰安婦の姿が如実に窺われるというべきである。しかも、使用単価に現れた露骨な民族差別。希少性ないし需給法則のゆえに日本人の単価が高かっただけではあるまい。   (引用終り)

 慰安婦問題が 本題ではないので 引用は短くするが、「修正主義」の方のブログを見ると、 韓国併合以降「朝鮮人」を 日本人と 平等に扱い、 日本は韓国を発展させた。 戦後は 充分に補償している。 「右翼高校生」でも、 「これほど、 日本人が してやっているのに 今だに 金を要求する。 もう、 日本人は 限界に達した」などと 「洟垂(はなた)れ青二才」が ほざく。 

 この判決文を見るまでも無く、 日本人は 「中国、朝鮮」を 下に見て 差別してきたのである。 平等で 「八紘一宇」の精神など 紙に書いたお題目に過ぎなかった。 戦中の新聞記事に 日本刀の試し切りに関して 次のように書かれている。 「日本刀とは、 実に良く切れるものである。 中国人捕虜の首の飛ぶさまは、 正に痛快である。」

 日本人 > 沖縄人> 朝鮮人> 犬> 中国人 そんな感じである。 ペットの犬でさえ、 試し切りには使わぬであろう。 こういう 『歴史上の事実』を また 白日の下にさらされなければ、 (一部の) 日本人は 今の考えを改めないのであろうか。 日本が 今のように 世界に受け入れられているのは、 過去の日本と決別し 「新しい日本」として 世界に尽くしてきたからである。 小泉氏ではないが、 『過ちては改むるに憚ること勿れ』 である。  日本の「右翼リーダーたち」は いまのような 『捏造』した 日本正当論で 若い世代を洗脳するのでなく、 しっかりとした 「世界に通用する論理」で 若い世代を導いて欲しいものである。 

 こんな文章が 今日もコピペされ 流されている。 「若い方」 の中には、 タイの首相が いった言葉だと 思っている人も少なくない。 少し理解力のある方でも、 タイの首相になる前の 「議員の時代」か 「首相を辞めてから」の 言葉だと思って 引用しているようだ。 みなさんも、 二度や三度は 見たことがあると思う。

  Facebookのタイムラインを眺めてきたら、こんな言葉がシェアされて流れてきました。 これ、目にするのは一体何度目だろう?  何度読んでも、読むたびに胸が熱くなる……。

                タイ国元首相「ククリット・プラモート氏」の言葉

「日本のおかげでアジアの諸国は全て独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。  今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。それは、身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。

十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが身を賭して重大決意をされた日である。我々は、この日を忘れてはならない。」


 ご丁寧な事に この後に 「このようにタイの元首相はとても感激し、感謝されてたそうです。」と 勝手に 書き加える人もいる。

 「修正主義者」は、 『日本を誇りの持てる国に …』 といいながら、 一方でこれを使う。 もし、 「タイ国」の子どもたちが これを聞いて 「タイという国」に 誇りがもてるだろうか、 私は そう疑問を感じたから、 この言葉の 出典を調べた。 -- この文を引用されている方々は そう思わないのだろうか。-- 

 この言葉を 日本に紹介したのは 名越二荒之助 著 「大東亜戦争を見直そう」(デビュー作) -- 皇国史観の バイブルともいわれる本。 現在流布されている事柄の大半が 彼によるもの -- である。 それ以前には無い。

 そこには、「タイ国記者 ククリット・プラモート」の記事として (現地新聞に1945年12月18日、「十二月八日」と題して、以下の評論を発表している。) として 紹介されている。 名越氏は それなりの記述をしたのである。 この記述は  名越二荒之助編 『世界に開かれた昭和の戦争記念館第4巻・大東亜戦争その後』にもあり、 一九五五年(昭和三十年)六月に 元タイ駐屯軍司令官であった中村明人陸軍中将が タイ王国に国賓待遇で招待された時、 同紙に発表した記事が先の文章である。 その後、一九七三年(昭和四十八年)には社会行動党の党首として首相になっている。(注 実際になったのは 1975年である。) と 後に 首相になった事を記述した。 それに尾ひれがつき 今になっている。
  
 プラモートが 創刊した 『サヤーム・ラット』(タイ語の 唯一の新聞)は 1950年に創刊されたのであるから、 1945年に 記事を書くことは 不可能である。 だから、 後日出版した本では 1955年と変わっている。 慰安婦証言で 日時が変わると大騒ぎするが、 自分たちの使用している「金科玉条の お言葉」は 10年変わっても なんとも思わないのか。

 百歩譲って、 1955年に 「そのような記事」を 新聞記者として書いたとしても、「首相」になる 20年も前の話である。 「このようにタイの元首相はとても感激し、感謝されてたそうです。」 となる話ではない。 「皇国史観者」の話の大半が これに類するもので、 世界の「歴史学者の検証」に 耐えられる物は ほとんど無いに等しい。

 2000年の歴史を有す「日本」、 その中で 唯一 「近隣諸国に迷惑をかけた時代」、 それを乗り越えて 再出発した日本を 世界は温かく迎えたのであって、 「日本は神の国であり、 世界に冠たる民族の国」という 「明治以降の日本」を 迎え入れたのではない。

 どのように 「手を変え 品を変え」 訴えても、 「慰安婦の問題」が 「皇国史観者」の言うように 「日本無罪」となることはなく、 かえって その傷口を広げるだけで終わるだろう。

                                          銀座での 演説
       


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COMMENT - 2

にった  2014, 02. 08 [Sat] 19:13

>中韓レベルに落ちた 「日本の抗議運動」は、 
>日ごろ「シナやチョンが、いちいちうるさくてしつこい」と言ってるネトウヨが 同じようなことをやってるわけで、

はじめまして。
文章の趣旨とては全体的におっしゃりたいことはわかります。
しかしこの記事のタイトルとこの部分にひっかかりとある種の絶望を覚えました。

ここには「ネトウヨは彼らをこう思っているだろう」という推測より
あなた自身の「抗議運動が“中韓レベル”」「同じようにしつこくてうるさい」という
ネトウヨと同じような認識、偏見の持ち主であることを吐露していないでしょうか。
ネトウヨのような激しい反発を見せなくてもネトウヨと全く変わらない「中国韓国」観を持ってしまってるというか。
その「中国韓国へ抱いてる悪印象」をネトウヨに押し付けているように見えますが
御自身も同じような視線を向けていることを図らずとも露呈させてしまったように見えます。

それこそ我々がマスコミ報道で日夜耳目にする「中韓激しくいちいちしつこくてうるさい反日運動」を無意識的に刷り込まれ
それがなぜあのような形で頻繁にするかということを全く考えてこなかった。
自分たちだけが受けるリアクションに対しては過剰反応するくせにその前に
自分たちが無自覚に発してる言動行動が相手がどう思うかに対して全く無頓着だった。

記事内でおっしゃられているように従軍慰安婦や南京大虐殺などの歴史的事実や自分たちがやってきたことを
否定論が国内で何のお咎めもなく平然とまかり通りそれが真実であるかのように流布されている。
それを放置して談話を撤回すると言ったかと思ったら嫌々継承する。
こういった相手の神経を逆撫でする自らの行動には無頓着で相手の怒りには過敏に反応する。

なぜ現在そういうことになっているかの変遷や過程を考えず今現在一瞬の側面で切り取り
「○○国レベルに落ちたいちいちしつこくてうるさい抗議」という評価は
ネトウヨの「いつまで謝ればいいんだ、でも謝ったけどその内容については否定するわ。」という
行動を結果的に擁護してしまってると思います。

相手に対して「おまえらのやってることはおまえらの嫌いな○○人と同じだろ!」ということにより
やめさせるという手法は彼らが今まで刷り込んできた「あんなことをするのは○○人だ」という
レッテル貼りをこっちも使うことによりさらに却ってその偏見を社会で構造的に強化する悪循環にしかならないでしょう。
彼らを説得する前にそこに使われる比喩の「○○人への偏見」は盲目的に前提として強くなっていることにあまりにも無関心すぎると思います。
記事の中で触れられているように「日本人は 「中国、朝鮮」を 下に見て 差別してきたのである。」が
現在進行形の証左になってしまったのがとても哀しいと思ってしまいました。

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うさぎ  2014, 02. 09 [Sun] 23:21

第二次世界大戦中の日韓問題、日本政府は1965年の国交正常化の協定で完全解決したとの立場を一貫しています。

1965(昭和40)年6月22日、「日韓基本条約」協定が結ばれました。
「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」、第2条第1項は次のように定めています。

両締約国は、両締約国及びその国民(法人含む)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第4条に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。

と以上から、日韓間において解決済みと言えるでしょう。

ただ問題は、1965年当時の想定外の問題が後に出てきたことになるようですね。
それは韓国内で日韓基本条約までの戦後20年間も問題としていなかったということでもあります。
後々に問題として騒がれる度、私も何度も考えました。
当事者の方には残念かもしれないですが、自国の代表が締結した条約を以て国家間で問題解決済みとなったとしないといくらでも後から言うことが出来てしまう以上、もし賠償などについての話があれば、自国内の問題となってしまうのかなと。
日本政府としては、子々孫々に遺恨を残さないため、完全解決しようと条約締結に臨んだのでしょうから、日韓基本条約締結前に問題を出してくれていたら真摯に対応が出来たのではないでしょうか。

戦後69年経とうとしますね、当事者世代では永遠にわだかまりは消えなくても、戦争は終わりました。
戦争をしない日本となるために憲法を制定し、条約も締結しました。
悲劇を二度と繰り返すことのないように憎しみを募らせる言動を自重することも大切ですね。

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